はじめに

 今年2月、総務省の「デジタル時代における放送政策の在り方に関する検討会(以下、在り方検)」に「広域模大模災害を想定した放送サービスの維持・確保方策の充実・強化検討チーム(以下、検討チーム)[i]」が立ち上がりました。6月の取りまとめに向けて、約4か月、集中的に議論される予定で、これまで2回の会合が行われています。本ブログでは、放送局や自治体における災害情報伝達を研究してきた立場[ii]で、これまでの議論を振り返り、今後の議論に期待することをまとめておきます。

3つの論点 

「放送インフラの維持・強靭化」「停波時の代替・補完手段」「被災地での情報入手手段」

 図1[iii]は、総務省の事務局が示した検討事項および論点案です。⑴広域大規模災害を想定した放送を維持するための方策、⑵ローカル局の放送が停波した場合の代替手段の確保、⑶被災者の視聴環境の確保の3つがあげられ、それぞれ細分化した項目が示されています。筆者なりに、この3つの論点を簡略化し、「⑴放送インフラの維持・強靭化」「⑵停波時の代替・補完手段」「⑶被災地での情報入手手段」としました。

(図1) 検討チームの検討事項及び論点案(総務省事務局資料 2月5日)

⑴「インフラの維持・強靭化」

 この論点は、内閣府の中央防災会議に設けられた「災害対応検討ワーキンググループ(検討WG)[iv]」の議論を受ける形で示されています。検討WGの報告書[v]では、「放送インフラの耐災害性強化と迅速な復旧のための関係者間の連携体制強化の促進」として記されており、その文面から「放送インフラの維持・強靭化」と言い換えていいと思います。

●能登半島地震における放送インフラの被害とその後の対応

 まず、能登半島地震における放送インフラの被害を振り返っておきます。地上放送では、複数の中継局で局舎の損傷もしくは鉄塔の傾斜などの被害があり、停電によって輪島市の7地区では停波が起きました。停波まで至らなかった中継局でも、予備電源の燃料の補給が必要となり、商用電源が回復するまでの間、自衛隊のヘリコプターで燃料の運搬が続けられました。

 ケーブルテレビも大きな被害を受けました。能登半島ではケーブルテレビ経由で地上放送を視聴している世帯が多かったのですが(たとえば能登町は84.9%、輪島市は51.9%の普及率)、地震による土砂崩れによって局舎のヘッドエンド[vi]の被害や伝送路の断線が、家屋の倒壊で契約者宅への引き込み線の断線が広範囲に起きました。地震後に応急復旧を図っていたところ、9月20日からの奥能登豪雨で再び被害を受け、約1500世帯が停波し、いまだに復旧できていない地域もあります。

こうした状況を踏まえ、総務省は、能登半島地震で被害を受けた放送設備の復旧に対する財政的な支援を実施。また、地震の際、放送インフラの維持・復旧に際して、必ずしも行政側や通信事業者などとの連携が十分でなかったことを教訓に、全放送対象地域において、災害発生時に災害対策本部に放送局がリエゾン(災害対策現地情報連絡員)を派遣するための議論を行うとしています。そして、今後の備えとして、放送インフラの耐災害性強化に対する財政的な支援を実施するとしています。

●今後の議論に期待すること

 災害時の放送インフラの復旧や備えのための強靭化という取り組みは、公益性が高く、財政的な支援も用意されました。とはいえ、経営環境が厳しい民間のローカル局が、自社の力でどこまで対応できるかについては大きな課題があります。

 そんな中、中継局を共同利用することで効率的な伝送網を構築してコスト負担を軽減していこうと、NHKが「(株)日本ブロードキャストネットワーク[vii]」を設立し、3月7日の電波監理審議会でNHKの同社への出資が認可されました[viii]。今後は個社ではなく、地上放送業界が、全国規模で一元的にインフラ維持について検討していくことになります。災害時の対応の検討を含めて、NHKのイニシアチブに期待したいです。

 一方で、地上テレビ放送については、約半数の世帯がケーブルテレビ経由で視聴しており、今後はブロードバンドで代替していく(無線から有線へ)という政策の方向性[ix]も示されています。こうしたことを鑑みると、災害対応という観点では、テレビ以上に、ラジオのネットワークの強靭化への視点を持って議論を進めてほしいと考えます。この論点は、AM局の廃止やFM転換という政策[x]とも関係するので、改めて別な論考で考えることにします。

ケーブルテレビ網の耐災害性強化に対する財政的な支援としては、光化と複線化が示されました。しかし、災害の有無にかかわらず、自治体が運営する局や小規模局は、追加のインフラ投資が困難な状況にあり、これまで続けてきたケーブルテレビによる地上放送の再放送という“ユニバーサルサービス”政策を、今後どのような姿で考えていくのかが懸案となっています。災害対応の議論を契機に、こうした中長期的な視点の議論も期待したいと思います。

⑵「停波時の代替・補完手段」

●議論の前提 被害想定地域の放送インフラ

 2つ目の論点は、被災地のローカル局が停波(ケーブルによる再放送の停止も含む)した時の代替・補完の手段です。こちらが検討チームの主眼と思います。議論の前提となる2つの図を、第1回会合の事務局資料から引用しておきます。

 図2[xi]は南海トラフ地震の被害想定地域に存在する地上放送の送信所数です。最大震度6強又は7の被害が想定される22府県には、親局が45局、安全信頼基準の高い中継局(プラン局)が260局、その他の局が2044局存在していることが示されています。

(図2) 南海トラフ地震の被害想定地域における地上放送の送信所数

 

 図3[xii]は、同じく南海トラフ地震の被害想定区域にあるケーブルテレビのヘッドエンド数です。被害想定地域の22府県には435か所あります。

(図3) 南海トラフ地震の被害想定地域におけるケーブルテレビのヘッドエンド数

 前節で触れましたが、能登半島地震では、地上放送の停波を最小限に食い止めるため、中継局に自衛隊のヘリコプターで燃料を運搬し続けました。しかし、南海トラフ地震では、図2に示されている通り、同時に多くの中継局が被害を受けたり停波したりするおそれがあり、同様の対応は困難であると思われます。また、停電の復旧にもかなりの時間を要することが想定されるため、仮に放送局が今後、非常用電源の整備など中継局の耐災害性の強化に取り組んだとしても、停波が避けられない中継局は少なくないのではないかと思われます。

 また、ケーブルテレビについては、能登半島地震でも、エリア全体の応急復旧には3か月程度を要していました[xiii]。広範囲に道路などの被害が想定される南海トラフ地震では、復旧には更に時間がかかるものと思われます。

●提示されている3つの代替・補完手段とその特性

 図4は災害時の情報について筆者なりに整理したものです。縦軸が情報の種類、横軸が時間経過です。災害発生に備えたり、避難を促したりするための“命を守る情報”と、応急・復旧対応や、避難生活の維持に関する“命をつなぐ情報”に大別しました(図4)。

 これらの情報は、気象庁や市区町村などの行政やライフライン事業者から個別に発信されますが、地上放送は、放送法108条第1項[xiv]の下、これらの情報について、優先順位をつけたり、わかりやすく整理したりしながら届けています。

(図4) 災害情報の種類と時間経過

 検討チームの論点案では、被災地のローカル局が停波し、こうした情報が届けられなくなった場合、どんな代替、もしくは補完の手段が考えられるのかということで、3つの手段を挙げています。①ネット配信、②BS放送、③臨時災害放送局[xv]です。ちなみに臨時災害放送局とは、災害発生時、被害軽減に役立つことを目的に、臨時かつ一時的に地方公共団体等(放送を行うのに適した団体)が開設する臨時のFM放送局のことです。それぞれ特性が異なるため、筆者なりにまとめてみました(図5)。

(図5) 代替・補完手段とその特性

 3つのうち、ネット配信とBS放送は、実施主体としては放送局が想定されていますが、BSに関する詳細な議論はこれからです。また、臨時災害放送局の実施主体は放送局ではなく、自治体などとなります。この実施主体については追々触れていく触れることとして、ここではひとまず、「電源」「通信」「端末」「場所」の観点から3つの手段を比較しておきます。

 まず、地上放送が停波していても、停電しておらず、インターネットも使える場合は、使い慣れたスマホで個々人がどこでも利用できる①のネット配信が、代替・補完手段の主力となるでしょう。次に、停電はしていなくてもインターネットが使えない場合は、②のBS放送が力を発揮すると思われます。ただし、自宅に被害がない場合を除き、視聴できるのは、電源が確保され、テレビが設置されていてBS受信が可能な指定避難所などに限ります。最後に、停電していてインターネットも使えない場合は、③の臨時災害放送局が力を発揮します。ラジオなので車中避難の人にも情報を届けられるメリットがありますが、日頃からラジオ端末を使っている人は決して多くはないのが課題となります。

 3つの手段それぞれにメリットデメリットありますが、耐災害性という観点から見ると、③>②>①の順番になると思われます。

●ネット配信による代替・補完について

 ネット配信で地上放送の「代替」といえば、真っ先に思い浮かぶのが「NHKプラス」や「radiko」のような、既に平時から行われている放送同時配信サービスです。能登半島地震では、石川県内のローカル民放4局が、2月から3月末まで、地震前には実施していなかった夕方の情報番組のリアルタイム配信を、YouTube上の公式チャンネルで実施しました。

 筆者は震災から数か月後、石川県のローカル民放(テレビ局)4局にヒアリングに伺い、ネット配信についても話を聞きました。各局とも、地震発生直後から積極的に情報カメラ映像のライブ配信や緊急特番の配信を行っており、これらについては、被災地のみならず、被災地に関心を持つ全国から多くのアクセスがあったとのことでした。しかし、2月から開始したリアルタイム配信については、いずれの局でも視聴は伸びず、どこまで被災地の人たちにニーズがあったのか、といった疑問の声も聞かれました。

 NHKは災害時、放送同時配信の「NHKプラス」に加えて、「NHK NEWS WEB」「ニュース・防災アプリ」で、市町村別のライフライン情報や災害情報マップの提供などの取り組みに力を入れてきました。能登半島地震でも、被災者それぞれが自分にとって必要だと思う情報にアクセスしてもらえるよう、様々な工夫を行っていました。こうした取り組みは民放各社でもHPやSNSを通じて行っており、一定の手ごたえを感じていました。

 以上のことから、被災地に向けたネット配信については、放送をそのままリアルタイム配信する「代替」に力を注ぐより、より細分化された情報をテキストで「補完」していく方が効果的ではないかと思われます。

 とはいえ、被災者の中には、災害情報やニュースだけでなく、地上放送の娯楽番組を見て少しでもリラックスしたいというニーズもあると思います。そうした内容はリアルタイムでなければTVerが提供していますし、もしも被災地のローカル局各局が、自社の番組をリアルタイム配信(見逃しも含む)したいと考えるならば、自社HPやYouTubeでそれぞれが独自に展開するのではなく、TVer内でまとまって提供することができれば、被災者にとってより利便性が高まるのではないかと思います。これは、TVerが地上放送のコンテンツプラットフォームとしてどのような姿を目指すのか、ということにも関わってきますが、検討してもいい課題ではないかと思います。

 なお、残りの2つの代替・補完の手段であるBS放送と臨時災害放送局については、これからの会合で議論を深めていく論点ですので、次回に論じていきたいと思います。


[i] https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/index06.html 

[ii] 過去の主な原稿は下記

https://www.nhk.or.jp/bunken/research/title/year/2013/pdf/005-04.pdf

https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/pdf/20241001_6.pdf

[iii] https://www.soumu.go.jp/main_content/000990454.pdf 

[iv] https://www.bousai.go.jp/jishin/noto/taisaku_wg_02/index.html 

[v] https://www.bousai.go.jp/jishin/noto/taisaku_wg_02/pdf/hokoku.pdf P40~41

[vi] 放送電波をケーブルテレビ用に変換し、伝送路に送り出す装置群のこと

[vii] https://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/giji/shiryou/1465_giketsu01-3.pdf

[viii] https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu07_02000305.html 

[ix] https://www.soumu.go.jp/main_content/000981858.pdf  P12~21

[x] https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictseisaku/housou_suishin/am_station.html 

[xi] https://www.soumu.go.jp/main_content/000990704.pdf P31

[xii] 同上 P32

[xiii] 同上 P9

[xiv] 「基幹放送事業者は、国内基幹放送等を行うに当たり、暴風、豪雨、洪水、地震、大規模な火事その他による災害が発生し、又は発生するおそれがある場合には、その発生を予防し、又はその被害を軽減するために役立つ放送をするようにしなければならない。」

[xv] 臨時災害放送局について筆者がまとめた原稿は下記

https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2024/04/11

https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/493398.html

[xvi] 放送法施行規則(昭和25年電波監理委員会規則第10号)第7条第2項の「暴風、豪雨、洪水、地震、大規模な火事その他による被害が発生した場合に、その被害を軽減するために役立つこと」を目的として放送

[xvii] https://www.soumu.go.jp/main_content/000967262.pdf P16

[xviii] https://www.soumu.go.jp/main_content/000996729.pdf P19