広域大規模災害に関する放送政策議論に期待すること②(4月6日記) 

はじめに

 3月31日、国は南海トラフ地震に関する新たな被害想定を公表しました[i]。最悪の場合、死者は29万8000人、全壊・焼失する建物は235万棟に上るとされています。また、災害関連死についても初めて推計値が示され、最大で約2万6000~5万2000人に上るとされました。この数字を少しでも減らすために何ができるのか、それぞれの分野で早急に考えていかなくてはなりません。

 筆者はこれまで長らく、メディアの進化と災害情報伝達の関係性について考えてきましたが、常に心がけてきたのは、それぞれの手段や機能について、可能性だけでなく“限界”について正しく認識するということでした。なぜなら、特定の手段や機能を過信し、依存しすぎてしまうことで、そこから取り残されてしまう一部の地域や一部の人たちの存在を見失いかねないからです。特に、南海トラフ地震のような広域大規模災害では、多様な手段や機能を、被災地や被災者の状況に応じて組み合わせて活用していかなければ、多くの人の命を守り、その命をつないでいくことは困難です。

 いま総務省では、「広域大規模災害を想定した放送サービスの維持・確保方策の充実・強化検討チーム(以下、検討チーム)[ii]」で議論が行われています。災害情報について、どこまで複眼的な視点や、統合的な視野を持って議論しているのか、筆者は注目してみています。初回と2回目の会合の議論は、3月22日、「広域大規模災害に関する放送政策議論に期待すること①[iii]」としてまとめました。今回は、3回目の会合を整理し、筆者なりの見解を述べておきます。

⑴自治体のプレゼンテーション

 前回に引き続き、今回の会合も、構成員によるプレゼンテーション(以下、本文上ではプレゼンで統一)がメインでした。3つの自治体と2つの業界団体が、取り組みと課題、国や関係機関への要望を述べました。

 プレゼンした自治体は、南海トラフ地震で大きな被害を受けるおそれがある高知県、2024年に能登半島地震および豪雨を経験した石川県、2016年の熊本地震で大きな被害を受けた益城町でした。以下、筆者が重要と感じた部分を紹介します。

●高知県のプレゼンテーション

 高知県は、災害情報伝達における課題として、県内の4局の地上放送局が全て、南海トラフ地震の津波浸水想定区域内にあるということを挙げました。(図1[iv])。

(図1)高知県内の地上放送局(高知県プレゼン資料から)

 その上で高知県は、放送局には本社設備を含む放送設備の強靭化を速やかに図って欲しいこと、その際に、民放や自治体には負担が発生しないようにして欲しいと国に要望しました。

●熊本県益城町のプレゼンテーション

 益城町からは、地震の際にどのような伝達手段で住民に情報を伝達したのか、当時の経験が報告されると共に、そこで感じた課題が示されました[v]図2)。熊本地震からすでに8年が経過していますが、益城町から示された課題は、2024年の能登半島地震を経験した自治体でも、ほぼ重なるものとなっていました。

(図2) 大規模災害時の情報伝達に関する課題(益城町プレゼン資料から)

 益城町は、本会合の主要な論点の1つである、臨時災害放送局制度を活用した自治体です。この制度は、災害時に自治体などが免許人となってラジオ局を開設し、被災した住民に災害情報を提供することができる放送制度です。益城町では、熊本地震の本震から11日後に開設し、1日4回の定時放送を開始。その後、約3年間、町民のボランティアや、県内のラジオDJやディレクターのサポートを受けながら、運営を行ったことが紹介されました。益城町の担当者は当時を振り返り、ラジオは非常に効果的だったとしながらも、臨時災害放送局の周波数の周知が徹底できなかったこと、ラジオを要望していた住民に配布する数が足りなかったことなどを課題として挙げました。そして、国への要望として、平時からの周知啓発のためにも、自治体毎に臨時災害放送局の周波数を固定しておくことが必要であると訴えました。

●石川県のプレゼンテーション

 石川県からは、能登半島地震及び奥能登豪雨の被害状況が報告されました。その上で、災害情報伝達に関連する内容として、能登半島地震で注目を集めた衛星通信サービス、スターリンクに関する取り組みが紹介されました(図3)。地震の経験を踏まえ、9か月後の豪雨の際には、国、県、通信キャリアが連携し、発災から約3日で、電波の届かない全避難所に対して、約50台のスターリンクを集中配備できたとのことです。

(図3)能登半島地震・奥能登豪雨地震でのスターリンク配備(石川県プレゼン資料から)

 要望として主に語られたのは、益城町と同じ、臨時災害放送局についてでした。今回の地震及び豪雨において、石川県内では複数の自治体で開設が検討されたものの、結局、開設に至った自治体はありませんでした。その理由として石川県が説明したのは、①職員が多忙で準備や開設判断をする余裕がない、②放送では行政区域全域をカバーできない、③運営費への財政的な支援制度がない、の3点でした。特に③の支援制度の不在が強調されていましたので、要望は支援制度の創設にあると筆者は理解しました。

⑵自治体の要望について感じたこと・今後の議論への期待

●高知県の要望について

 全ての地上放送局が津波浸水想定区域内にあるという高知県の実情は深刻です。このうちNHKでは、新高知放送会館の移転整備が進められています。ただ、移転といっても津波浸水想定区域外での適地探しは難航したため、新放送会館は浸水想定域内に建設されることになりました。NHKは対応策として、サブステーション(以下、サブステ)と呼ばれる別館を、本館予定地から1700m、徒歩20分の非浸水域に確保し、「本館が津波により浸水が予想される場合は、職員全員が本館を離れてサブステに避難する前提で、サブステ単独での必要最小限の放送機能維持や拠点放送局・本部への素材伝送を一定期間可能とし、必要なロジスペースも確保」すると説明しています[vi]。ただ、建設コストの高騰などから、計画は当初のスケジュール[vii]通りには進んでおらず、第2回会合で高知県の構成員がNHKにスケジュールについて質問し、NHKは明言を避けるといった場面もありました。

 NHKによると、本館の移転とサブステの建設には、当初の概算で、総額約60億円かかるとしています。高知県が要望として述べているとおり、民間企業である民放が早期に社屋の移転や対応策を取るには、かなり厳しい状況が想定されます。高知県の民放の状況や、同様の状況にあると思われる他県の放送局の状況についても、今後、課題や要望について調べてみたいと思います。

●臨時災害放送局の今後について

 今回、3つの自治体から言及があった臨時災害放送局については、筆者は東日本大震災以降に開設された自治体のほぼ全てを訪ね、調査を行ったり、開設や運営の支援をボランティアで行ったりしてきました。その間、約15年で最も変わったと感じたのは、スマートフォンの急速な普及と、それに伴うLINEやSNSなどによる情報伝達の浸透、そして、ラジオというメディアに対する自治体や住民の関心の低下です。

 石川県のプレゼンでは、前述したとおり、能登半島地震で臨時災害放送局が開設しなかった理由を、職員の繁忙、全域をカバーできない、財政支援がない、の3点としていましたが、各自治体を取材した実感としては、そもそもラジオに対する自治体側の関心の低さがベースにあったと感じています。前述した益城町も含め、能登半島地震以前に臨時災害放送局を開設した自治体では、多くが石川県下の自治体同様の課題を抱えていたものの、開設を躊躇する理由とはならず、まずは開設してそれから考えよう、と判断したケースが多かったからです。

 しかし、前回の論考[viii]でも触れましたが、南海トラフ地震のような広域大規模災害や、首都直下地震のような激甚災害では、能登半島地震の時のようなスターリンクの大量設置や、地上放送の中継局への自衛隊による燃料運搬などの対応には限界があると思われます。そのための備えとして、特に大きな被害が想定される自治体では、あらかじめ、インターネットにも地上放送にも依存せず、自らで情報を伝達する手段を想定しておいてほしいと思います。その有力な手段が、この臨時災害放送局だと筆者は考えています。以下、被災地でこの制度が積極的に活用されるために、今後の議論に期待することをまとめておきます。

①ラジオの有用性や臨時災害放送局制度に対する周知や認知の向上

 筆者はこれまで、臨時災害放送局については様々なところでプレゼンをし、論考を発表してきましたので、周知・認知が進んでいない現状には忸怩たる思いがあります。3月に総務省・関東総合通信局で講演した際には、「能登半島地震と、激甚広域災害はレベルが異なる。教訓を読み違えずに備えを進めてほしい。災害の直接死だけでなく関連死も含めて、最もリスクが高いのは、高齢者などの災害弱者と孤立の可能性のある地域。災害情報伝達を“効率化”だけで考えないでほしい。“やらない”理由を探すのではなく、“やる”ことの意味を考えて欲しい。」と訴えました[ix]。今後は単なる周知広報活動に留まるのではなく、自治体側に“意識のスイッチ”を変えてもらえるような、リアリティのある強いメッセージの発信が必要だと思います。

②開設と運営に対する財政支援

 能登半島地震以前は、日本財団や赤い羽根募金など、各種団体による助成金が、実質的には運営資金のベースとなってきました。しかし、被災した自治体の立場にたてば、開設前から国の財政支援が明確になっていた方が、間違いなく早期に開設を判断することができるでしょう。

 また、本会合の構成員でもある日本コミュニティ放送協会(以下、JCBA)は、総務省との間で臨時災害放送局の開設に協力する協定を締結しています[x]が、活動資金をどうするのかについては明確になっていません。そして、JCBA以外にも、ラジオや放送の経験を持つ様々な団体や個人が、開設や運営の支援にボランティアとして関わっており、筆者も東日本大震災や熊本地震などの現場で活動する多くの人たちを見てきました。災害時に自治体職員だけでラジオ局を運営するのは困難であり、こうした人たちの力を継続的に借りていくためにも、国による財政支援が明確になることを期待しています。

③開設に必要な無線従事者の要件の緩和

 現在、臨時災害放送局を開設・運営するには、「第2級陸上無線技術士」以上の無線従事者が必要です。しかし、この従事者は「2kW 以下のラジオ局や電気通信事業者の固定局」の運営が可能な資格であり、地域で簡単に確保することはできません。一方で、自治体単位を基本とする常設のFMラジオ局、コミュニティ放送局の開設・運営については、2019年に要件が緩和され、「第2級陸上特殊無線技士」以上となりました。臨時災害放送局についても、これと同等の措置が行われれば、有資格者の裾野が広がり、開設のハードルは下がるでしょう。

④自治体毎にあらかじめ臨時災害放送局の周波数を固定

 益城町の要望にあったこの論点については、第3回会合で総務省が提出した資料が参考になります(図4)。

(図4) 臨時災害放送局開設の際の周波数の事前検討状況(第3回会合総務省資料から)

 

 筆者は、関東エリアで放送大学が使用していた周波数を複数の自治体で活用していこうという関東総通の会合や、近畿エリアで津波被害が想定される和歌山の沿岸自治体への周波数の仮選定および周知活動のための講演・シンポに参加するなど、関わりを持ってきました。今回、総務省が提示した資料(図4)を見て、周波数確保に関する取り組みが全国的に進んできていることを知りました。

 議論では有識者からも、全国的に臨時災害放送局用の周波数の割り当てが必要なのではないか、といった、益城町の要望と同様の発言も出ています。ただ、コミュニティ放送局の開局ニーズや、2028年にFMによる補完や完全な転換を希望しているAM局も多いことを考えると、臨時災害放送局用にあらかじめ周波数を固定しておくということは難しいエリアも少なくないのではないかと推察されます。一方で、周波数に空きがあるエリアについては、開設を希望する自治体と総務省が仮選定した周波数の情報を共有し、実験試験局という形で、地域を巻き込んだ防災訓練やイベント利用などを通じて住民に周知していくということができるのではないかと思います。

⑤制度の柔軟な運用

 この論点は、今のところ会合で触れられてはいませんが、筆者がこれまでのフィールド調査で感じている課題意識についてまとめておきます。

 図5は、現在の臨時災害放送局制度に関する関係法令の抜粋部分です[xi]。免許主体は「被災地の地方公共団体等、災害対策放送を行うのに適した団体」とし、放送対象地域は「災害対策に必要な地域の範囲内」としています。これまでの実績では、免許を申請し交付されたのは自治体のみですが、解釈としては、災害対策放送を行うのに適した団体であれば、必ずしも自治体でなくても開設は可能であり、放送対象地域についても自治体全域でなくてもいいということが成り立ちます。

(図5)臨時災害放送局制度関連法令(抜粋)

 石川県のプレゼンでは、開設しなかった理由として、全域をカバーできないという内容が提示されました。今回は輪島市などがこのケースにあたりました。こうした場合でも、自治体が免許人となり、被害が甚大な地域のみを対象に放送を行うということは可能です。東日本大震災では、まず一部の地域で放送を開始し、その後、中継局を立てたり、別な周波数で新たな放送局を開設したりするなどの対応も行われました[xii]。また、もしも自治体として、開設当初から全域をカバーしなければ公平性が担保されない、という判断があるのならば、被害が甚大な地域にある自治体の支所や消防署などの行政関連施設、場合によってはNPOや各種団体が免許人となることも、制度上は可能ではないかと思われます。ただし、災害時に正しい情報を確実に被災者に届けるということがこの制度のねらいであるということを考えると、免許人は自治体か地域の行政関連施設の責任者とし、運営については自治体が信頼できる外部団体や個人に委託するというのが現実的な解ではないかと思います。

 市町村合併によって自治体の広域化が進み、1つの自治体でも、複数の災害リスクのある地域を抱えて、対策を講じていくことが当たり前となっています。こうした中、たとえば津波で被害を受けた沿岸部のみの放送局開設や、山間部で道路が寸断されて孤立した集落単位の放送局開設など、臨機応変かつ柔軟な解釈で、より困難な状況におかれた被災地や被災者にも確実に情報が届くよう、この制度が進化していくための議論を期待したいです。

⑶業界団体(民放連・ケーブル連盟)のプレゼンテーション

 次に業界団体のプレゼンについてみていきます。今回の会合では、日本民間放送連盟(以下、民放連)と日本ケーブルテレビ連盟(以下、ケーブル連盟)による報告が行われました。

●民放連の要望

 民放連からは、ラジオとテレビのそれぞれについて要望が出されました[xiii]

 ラジオについては、スマートフォンへのFM受信機能の搭載とradikoアプリのプリインストール、そして、あらゆる自動車へのラジオ放送受信機能の搭載について、国がイニシアチブをとって関係各所に働きかけてほしい、という要望が出されました。

 テレビについては、放送ネットワークの維持・更新を行う事業者の負担を軽減するための後押しの他、令和7年度予算額による補助事業で実施される「送信所設備の災害復旧」と「地デジIPDC防災連携設備[xiv]」について、補助率の上昇が要望されました。

●ケーブル連盟の要望

 ケーブル連盟からは、発災時に事業者が行う作業が、「局舎設備・幹線の復旧、避難所へのサービス提供、地域情報の発信等を行いつつ、各戸への放送・通信の引き込み線1本1本の確認と復旧[xv]」など多岐にわたるという実情が報告されました。

 その上で、電柱や管路など被災地のインフラ全体の復旧計画において、ケーブル事業者が、電力会社や大手通信キャリアと共に、役割分担や優先順位付けの検討ができるように働きかけてほしいということ、そして、インフラ強靭化については、整備だけでなく維持・運営にかかわる費用についても支援してほしいということが要望されました。

⑵業界団体の要望について感じたこと・今後の議論への期待

●地上テレビのインフラ強靭化について

 民放連とケーブル連盟の要望に共通していたのは、災害への備えとしてのインフラ強靭化に関する国による補助の拡大です。小規模事業者や経営が厳しい局が多い中、こうした要望は業界団体としては当然のことだと思いますし、同様の要望は高知県からも出ていました。 

 一方で、被災者から見ると、地上テレビ以外に様々な手段で情報は入手できますし、自分に身近な情報をPUSH型で提供してくれるネットサービスも増えています。何より、テレビは避難行動をとりながら視聴することはできないという難点があります。災害への対応や備えという観点からみると、限られた国費を投じてどこまで地上テレビの強靭化を図っていくべきかについては、他の伝達手段との関係をみながら、相対的に考えていくべきではないかと思います。

 ケーブルテレビのインフラについては、地上放送再放送だけでなく、通信サービスも同時に提供していることが多いため、生活インフラとしての側面も強いです。そのため、被災地の復旧や、地域の効果的・効率的な災害対策において、他のインフラ事業者との連携の促進は重要な論点だと思いました。議論では「無電柱化」という国の大きな政策と、その耐災害性についての言及もありましたが、まずは災害復旧時を想定した速やかな連携のあり方について、議論が進むことを期待します。

●地上ラジオについて

 ラジオについても触れておきます。災害時、車で避難したり、その後も避難所ではなく車中で寝泊まりしたりする人は多くいます。理由は、できるだけ自宅の傍にいたい、避難所が混んでいて入れない、プライバシーの課題などから避難所に入りたくない、ペットと一緒では避難所に行けない、福祉避難所での対応が必要だが開設が遅れている、など様々です。こうした人たちが孤立してしまわないため、ラジオを車内で聴取できることはとても重要です。 

 2014年から、国はAMの放送エリアの難聴取対策などのため、FMの周波数帯域を拡張した「ワイドFM[xvi]」という政策を推進しています。しかし、拡張した周波数帯域に対応していないラジオやナビゲーションが搭載されている車も少なくありません。AM局がFM補完や完全な転換に向かおうとしている中、大きな課題となっています。

 また、民放連のプレゼンでも触れられていましたが、増え続ける電気自動車(以下、EV車)には、AM受信機能が搭載されていない車種が多くあります。EV車の電気系統から発生する電磁波と、中波のAM波との干渉が起きやすいため、というのがその理由です。

 アメリカに目を転じると、災害対応として、新たな乗用車全てにAM受信機能を標準搭載することを義務付ける法案が、審議の佳境を迎えています[xvii]。この法案が成立すると、アメリカでは今後、製造販売・輸入される全ての車にAM受信機が搭載されることになります。すでにフォード社では2024年から、法整備を先取りする形で、ほぼ全車種にAM受信機を標準搭載することにしています。こうしたアメリカの動きを受けて、日本でも何らかの対策を強化する議論が出てくることを期待します。

●地デジの周波数を活用した防災システムについて

 今回、補助事業として拡充された「地デジIPDC防災連携設備」(図1)についても触れておきたいと思います。

(図1) 地デジIPDC防災システムの概要(第1回会合総務省資料から)

 この防災システムは、地上テレビ放送局が提供する、自治体向けの情報伝達サービスの1つです。具体的には、局に割り当てられている帯域の一部を使って、放送波で、契約した自治体の防災情報を当該自治体の住民(視聴しているテレビなど)に伝達するというものです。使うのは、放送局の持つデータ放送枠の一部という、とても狭い帯域なのですが、自治体が発信する防災情報のテキストデータをIPパケットに変換することで、放送波と一緒に送信することが可能です。

 これまで多くのローカル局は、データ放送を使った情報伝達サービスを自治体に提供してきました。ただ、このサービスは、視聴者がテレビをつけ、データ放送画面にアクセスしなければ必要な情報を入手することができないという課題がありました。また、現在、アプリによる情報伝達サービスを提供しているローカル局も少なくありませんが、インターネットが不通となった場合には役に立ちません。

この防災システムを活用すれば、自治体は住民が所有するテレビに対して、PUSH型で防災情報を届けることが可能となります。また、テレビ向けサービスの他、街中のサイネージを強制表示したり、防災行政無線の屋外スピーカーで一斉同報を行ったり、避難所の鍵を開けるための指示信号を送信したりする拡張性があります。

 これまでは主に総務省消防庁で検討が進められ、実証実験を経て、2024年に「地上デジタル放送波を活用した災害情報伝達手段の技術ガイドライン[xviii]」の改訂版が策定されています。現在は読売テレビが兵庫県加古川市[xix]に対してサービス提供している他、複数の自治体や地上放送事業者の間で検討が進められています。

 導入に向けての最大の課題は、視聴者の持つテレビに専用端末(IPDC端末)を接続しなければならないということです。自治体は、防災行政無線をはじめ、様々な災害情報伝達の手段を整備していますが、専用端末が必要な本システムの導入にどこまで費用対効果があるのかを判断することになります。

 放送の電波を活用するという特性から、サービスの効果はエリアによって異なります。スカイツリーから広域に放送波が届く東京都をはじめ、堅牢な親局タワーや、出力の大きな大規模中継局からの放送波が全域をカバーしている自治体にとっては、この手段は有力な選択肢の一つではないかと思います。

 この防災システムは、あまり認知が進んでいるとは言えませんが、特に関東においては、前項で取り上げた臨時災害放送局制度を活用できる自治体の数には限りもあるため、今回の補助事業の拡充をきっかけに、導入の検討が進むことを期待しています。また放送業界でも、放送帯域を活用した新しいタイプの地域サービス(ビジネス)として、関心が高まることを期待しています。

おわりに

 次回の会合は4月末が予定されています。今後は、被災地のローカル局が停波した場合の代替としてのBS放送の活用についての議論が開始されると思われます。能登半島地震でBSが効果的に活用されたことから論点化されているものですが、あらかじめ帯域を準備しておくのか、災害時にどう運用していくのか、筆者はまだイメージできずにいます。引き続き、議論をみつめていきたいと思います。


[i] https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku_wg_02/pdf/saidai_01.pdf 

[ii] 「デジタル時代における放送政策の在り方に関する検討会」の下に設けられた会合https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/index06.html 

[iii]https://bushwarbler.jp/%e5%ba%83%e5%9f%9f%e5%a4%a7%e8%a6%8f%e6%a8%a1%e7%81%bd%e5%ae%b3%e3%81%ab%e9%96%a2%e3%81%99%e3%82%8b%e6%94%be%e9%80%81%e6%94%bf%e7%ad%96%e8%ad%b0%e8%ab%96%e3%81%ab%e6%9c%9f%e5%be%85%e3%81%99%e3%82%8b/ 

[iv] https://www.soumu.go.jp/main_content/000998549.pdf

[v] https://www.soumu.go.jp/main_content/000998547.pdf

[vi] https://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/giji/shiryou/1378_houkoku02.pdf

[vii] 当初のスケジュールでは、2024年度にサブステ、25年度に本館が完成の予定

[viii] 注3)参照

[ix] 講演資料は→ https://www.soumu.go.jp/main_content/000997403.pdf 

[x] https://www.soumu.go.jp/main_content/000996730.pdf P12

[xi] https://www.soumu.go.jp/main_content/000849228.pdf P125

[xii] 福島県南相馬市(中継局)、宮城県気仙沼市・岩手県宮古市(別周波数対応)

[xiii] https://www.soumu.go.jp/main_content/000998551.pdf P20,23 

[xiv] https://www.soumu.go.jp/main_content/000990704.pdf P20

[xv] https://www.soumu.go.jp/main_content/000998552.pdf P20

[xvi] https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictseisaku/housou_suishin/fm-seibi.html 

[xvii] S.1669 – 118th Congress (2023-2024): AM Radio for Every Vehicle Act of 2023 | Congress.gov | Library of Congress

[xviii] https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/post-95.html

[xix] https://www.city.kakogawa.lg.jp/soshikikarasagasu/bousai/kikikanrisitsu/sizensaigai/kikikanrikakaranooshirase/reiwa3/39628.html