はじめに
総務省で開催中の「広域大規模災害を想定した放送サービスの維持・確保方策の充実・強化検討チーム(以下、検討チーム)[1]」。4月25日に第4回会合が開かれ、今月には事務局から論点整理案が提示される予定です。
これまでの会合で放送事業者から繰り返し提起されているのは、災害時の役割については十分に認識し努力をしているものの、個社の経営の持続性を考えると、増え続ける災害や広域大規模災害への備えのために更なる強靭化に取り組むことには限界があるというものです。激甚災害時に頼みの綱となるラジオ局や、災害時に孤立する可能性のある集落を対象地域内に多く抱える放送局ほど、小規模事業者であったり経営状況が厳しかったりする現実があります。
また、現在、放送政策として、地上放送事業者のコスト削減という観点から、運営負担の大きいAM局から負担の小さいFM局への転換や、小規模中継局等の放送ネットワークのブロードバンドへの置き換え(以下、BB代替)が進められていますが、災害対応という点から見ると、これらの政策には課題があります。FM転換でAM放送を受信できなくなる地域については、インターネットラジオ(radiko)によるカバーが想定されています[2]が、災害時に通信障害になってしまうとサービスを継続することができません。また、放送波(無線)から有線(ブロードバンド)への置き換えというBB代替施策は、有線が無線より災害時に物理的に被害を受けやすいことを考えると、耐災害性は後退すると言わざるを得ません。このような、FM化でカバーしきれない地域や、BB代替の実施が想定される地域は、山間部や海岸が入り組む沿岸部、島しょ部が多く、災害時に被害を受けるリスクが相対的に高い地域です。居住人口こそ少ないものの、その多くが災害弱者である高齢者であるという現実があります。
筆者は、放送事業者が効率的・合理的な経営を模索し、政策がそれを後押しするということそのものを否定するつもりはありません。しかし、そのことで、災害時に取り残されてしまう地域や切り捨てられてしまう人々が出てきてしまうリスクについては、きちんと認識した上で、事業者と政策の責任として対応策を検討する必要があると思います。今回の検討チームの議論の要諦はここにあると考えます。ここまでの議論を見ていると、個社に対する耐災害性強化の支援事業[3]にとどまらず、俯瞰的な視点で多様な連携や補完のあり方が提言されることになるのではないかと期待しています。
第4回会合では、衛星放送による代替がテーマとなりました。今回の論考では、このテーマを中心に会合の議論を整理しておきます。
⑴衛星放送による代替案 ~3者の報告~
この論点は、在り方検「衛星放送ワーキンググループ(以下、WG)」のとりまとめ[4]で設定されたものです。WGでは、能登半島地震の際、NHKが衛星放送で金沢放送局(地デジ)の番組を6月末まで放送した実績[5]を受けて、今後の災害でも同様の対応ができないか、との問題提起が行われました。ただ、このNHKのケースは、3月末に放送終了予定だったBSプレミアムのBS103チャンネルを活用して実施されたものでした。そのため、今後、災害時に地上放送の代替として衛星放送を活用するには、①放送を行うための周波数帯域、②放送の実施主体、③平時における放送の他、インフラコストの負担や業務認定等の制度面の整備の検討が必要とされていました。
会合では、衛星放送協会、スカパーJSAT、B-SATの3者から報告がありました。以下、提案と課題について述べた内容をそれぞれまとめておきます。
●衛星放送協会の報告 ~CS民放ニュース専門チャンネルの活用~
衛星放送協会の提案は、現在、有料放送としてCS110度放送で提供されている「日テレNEWS 24」および「TBS NEWS」を、災害発生時には有料契約をしていない人でも視聴できるノンスクランブル放送にする[6]というものでした。両チャンネルは全国向けですが、能登半島地震の際には、系列ローカル局の情報番組や特番をサイマル放送したり、最新情報を随時放送したりする等の取り組みを行っていたといいます。衛星放送協会は、①両チャンネルとも普及している3波共用受信機で放送していること、②チャンネルの運営は日本テレビおよびTBSテレビが行っていること、③通常からニュース番組として放送していることから、「一般的に普及している技術や方式によって情報提供が行われることが重要」とするWGの指摘にも応えていると述べました[7]。
課題としては、どのような条件でノンスクランブル放送に切り替えるか、期間の設定や判断主体はどうするのか、災害対応の放送が長期間に及んだ場合、有料契約視聴者との不公平感をどう是正するか、などをあげました。
●スカパーJSATの報告 ~124/128CSの活用~
スカパーJSATの提案は、現在、有料放送として提供している124/128CS(スカパープレミアムチャンネル)において、地上放送の再放送を行うというものでした。124/128CSには現在、コールドスタンバイ状態(障害発生時に予備システムに切り替えるための停止状態)にある複数のチャンネルがあり、即時に対応することが可能であると述べました。そして、地上放送の補完イメージとして、関東の放送局であれば、スカイツリーの電波をスカパーの東京メディアセンター(地球局)で受信し、そこからCSにアップリンクし、被災地などの必要な世帯にのみ視聴可能とする(ノンスクランブル放送)というイメージを提示しました(図1)[8]。また、関東ではなく被災地の地域放送の場合には、被災地から東京メディアセンターまで通信回線で番組伝送をするか、被災地から一旦、通信衛星にあげてメディアセンターで受信し、それをCSにアップリンクするというイメージを提示しました。
(図1) スカパーJSAT報告 地上放送(関東局)補完のイメージ

課題としては、避難所などで被災者が放送を視聴するには、専用のアンテナ及びテレビに接続するセットトップボックスが必要なこと、そして実施には放送局の許諾が必要なことをあげました。
●B-SATの報告 ~車載型地球局設備の利用~
B-SATは、前述した能登半島地震におけるNHKの対応や、東日本大震災における地デジセーフティーネットの活用(地デジ化実施の難視聴対策として衛星放送を活用してNHK総合・教育、民放在京キー5局を再送信していたものを被災地で応用)で、災害発生後における対応は経験済みです。しかし、災害前から活用を準備しておくには、帯域の確保や平時における利用の想定、番組送出設備の準備、番組選局情報の設定などが必要である、とB-SATは報告しました。
その上で、首都直下地震などでアップリンクセンターが機能しない場合に備えて整備している、車載型地球局設備を利用した場合の方法を提示しました(図2)。
図2には、スロット、周波数、トラポンという用語が出てきますので確認しておきます。衛星には、放送波を中継する機器が複数搭載されています。トラポン(正式名称はトランスポンダ)とは、その中継器のことを指します。そして、スロットは、1つのトラポンを分割する単位を意味していて、このスロットそれぞれが、視聴者がリモコンで選択する各局のチャンネルとなります。そして、周波数は、トラポンごとに設定されています。
報告によると、車載型地球局設備の送信装置では1周波数(1トラポン)を占有することになるため、空き周波数がある場合にはそのまま衛星にアップリンクできますが、空きスロットしかない場合には、他のスロットと合成してアップリンクセンター経由で送信することになるとのことでした[9]。
(図2)B-SAT報告 車載型地球局設備の利用

⑵報告を受けた議論
3者の報告を受けて行われた議論では、まず、宇田川真之構成員から、避難所に衛星放送を受信するためのアンテナやテレビがない場合、数日で設置できるものなのかという質問がありました。それに対し、B-SATから、能登半島地震の際にメーカーとNHKが協力して被災地に運び入れたという事例が報告されました。ただ、広域大規模災害の際にどこまでそうした対応が可能なのか、避難所にあらかじめBSの設備を設置しておくということはどこまで現実的なのか、という議論には発展しませんでした。
また、伊東晋構成員からは、既存のものをいかにうまく使うかという観点で考えると、124/128CSよりも受信環境が整備されているBSの右旋帯域の活用が考えられるとして、現状では複数のトラポンにまたがって存在する合計40スロットの空き帯域を、再編して利用することの可能性が示唆されました。ただ、帯域再編への道筋や、放送の実施主体や平時の利用のあり方についての議論は行われませんでした。
三友仁志主査からは、スカパーJSATに対して、地上放送の放送をそのまま衛星で流すことに関する許諾はどのくらい大変なのか、という質問がありました。それに対し、スカパーJSATからは、全く新しい形になるので、権利団体を含めた関係者の相談となり、簡単なことではない、との回答がありました。
おわりに
第4回会合は、衛星による代替の他、事務局による放送事業者への調査の報告や、鈴木陽一構成員の報告などもあり、議論の時間がほとんどなかったことが残念でした。鈴木構成員からは、現在99.0MHzまでFM放送の拡充が図られているラジオ放送周波数を108.0MHzまで拡充して対応受信機を普及促進すべき、とか、災害時の放送コンテンツの配信について、通信事業者との連携によって優先的、かつ安定に送達にすることを実現できないか、といった大胆な提案がなされましたが、これらについても議論が深まったとはいえませんでした。
また、これまで4回の会合を傍聴して感じているのは、議論がインフラなどのハードの議論に偏重しているということでした。「はじめに」でも述べたように、今回の検討チームが、多様な連携と補完のあり方を検討するということであれば、災害報道や災害情報伝達などのソフトの議論も必要だと感じていましたが、次回は論点整理案の提示とのこと、今回の検討チームでは、議論の対象とならないまま終わるのかもしれません。
いずれにせよ、少しでも実効性のある政策が進むよう、引き続き注目して見ていきたいと思います。
[1] 「デジタル時代における放送政策の在り方に関する検討会」の下に設けられた会合https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/index06.html
[2] 在り方検・事務局資料「第3次取りまとめ以降の動き」(4月25日)https://www.soumu.go.jp/main_content/001006816.pdf P5
[3] 中継局の停電時の対策などに対しての補助。補助率は地上基幹放送事業者には1/3、自治体所有中継局には1/2。2021年度以降の予算額は5000万円程度
[4] 在り方検・衛星放送WG「とりまとめ」https://www.soumu.go.jp/main_content/000967262.pdf P15~19
[5] 1月9日から6月末までBS103チャンネルで放送。3月末でBS103チャンネルは終了予定であったが、4月1日~6月30日までは「臨時目的放送」としての業務の認定を受けて放送を行った
[6] 通常は、放送電波を暗号化して有料放送の契約者のみに視聴を制限するスクランブル放送を行っているが、災害時はその暗号を解除して、全視聴者対象とする
[7] 検討チーム・衛星放送協会報告資料(4月25日) https://www.soumu.go.jp/main_content/001007128.pdf
[8] 検討チーム・スカパーJSAT報告資料(4月25日)
https://www.soumu.go.jp/main_content/001007129.pdf
[9] 検討チーム・B-SAT報告資料(4月25日)https://www.soumu.go.jp/main_content/001007130.pdf