「楽しくなければテレビじゃない」を論じる前に~フジテレビ問題をきっかけにした「“放送事業者”のガバナンス」について~(5月18日)

はじめに

 4月末の総務省「デジタル社会における放送政策の在り方に関する検討会(以下、在り方検)」の親会の構成員の発言から論点を抽出(表1)し、個々の項目を筆者なりに論じていくシリーズ。今回は、フジテレビを巡る2025年12月からの報道に関わる一連の問題[1]をきっかけにした「放送事業者のガバナンス」について考えます。

(表1)議論から見えてきた6つの論点(筆者の視点)

 筆者の問題意識は、フジテレビ問題をどこまで放送政策として論じる必要があるのか、もし必要があるとしたら、放送業界としてどのような普遍的な論点があるのか、というものです。

⑴フジテレビ問題を巡る4月・5月の動き

 この問題を巡っては、2025年初頭から様々な動きが続いています。3月までの経緯は注1)にまとめましたのでご参照ください。ここでは4月以降の動きを振り返っておきます。

 4月3日、総務省はフジテレビ及びフジ・メディア・ホールディングス(以下、フジMH)に対して行政指導[2]を行いました。そこでは、フジテレビが「本来有すべき放送の公共性や言論報道機関に係る社会的責任に対する自覚を欠き、広告によって成り立つ民間放送事業の存立基盤を失いかねないばかりか、放送に対する国民の信頼を失墜させた」とし、「放送を公共の福祉に適合させ、その健全な発展を図ろうとする放送法の目的に照らし、極めて遺憾」であるとした上で、「人権尊重、コンプライアンスやガバナンスに関する施策の実効性を確保するとともに、透明性をもって説明責任を果たす体制を構築し、国民視聴者及びスポンサー等の関係者の信頼回復に社をあげて取り組まれることを要請する」としています。

 それを受け、フジテレビなどは同月30日、総務省に対し、第三者委員会の報告書を踏まえた、「人権・コンプライアンスに関する8つの具体強化策(以下、具体強化策)[3]」を報告しました。そこには、「コンプライアンス違反への厳正な処分」「危機・リスクを減らす仕組みの導入」「編成・バラエティー部門を解体・再編、アナウンス室の独立」「公共性と責任を再認識し、企業理念を見直します」などがあげられています。村上誠一郎総務大臣はフジテレビなどに対して、再発防止策に対する視聴者やスポンサー企業の反応や評価を分析し、信頼回復につながる追加の対応策をまとめ、5月中に改めて報告するよう要請しています。

 5月に入ってからも様々な動きが続いています。5月12日には、元タレント中居正広氏の代理人弁護士が、フジテレビが設置した第三者委員会の調査報告書に対し、「中立性公平性に欠け、極めて大きな問題がある」と指摘し、関連する証拠の開示請求を行いました[4]。また、6月下旬の定時株主総会に向けて、大株主であるダルトン・インベストメンツが取締役候補を提案[5]しましたが、フジMHはその提案に対する反対決議を行う[6]など攻防が続いています。そして、同月16日にフジMHは「改革アクションプラン[7]」を発表。今後しばらくは様々な動きが続きそうです。

 民放連は同月16日、フジと同様の事案(番組出演者や出演者の関係者との会合において、「性暴力」による重大な人権侵害を起こした事案)があったかどうかについて調査した結果を公開しました[8]。現時点で報告されている117社のうち、同様の事案があったという回答はなかったといいますが、複数の社から、会食等で不快な思いをしたとの事案やハラスメントに関する事案が確認されたとのことでした。6月上旬に2次集計を公表する予定です。

⑵総務省・在り方検での有識者の発言から

 在り方検の親会の開催は4月25日でしたので、上述したフジテレビの強化具体策が総務省に報告されるなどの動きの前であったことには留意する必要があります。ただ、フジテレビ問題を契機に放送政策として議題すべきテーマは何なのかを考えるきっかけとして、構成員の発言をみておきたいと思います。

 在り方検の構成員の中で、放送事業者のコーポレートガバナンスについて、以前から最も積極的に発言してきたのが、規制改革推進会議の委員も務める落合孝文委員です。落合委員は、“放送事業者のガバナンス強化がなければ、政治から法規制の必要性も含めて議論が提起される可能性がある”とし、放送メディアの信頼性確保の観点から、“コンプライアンスを適切に実施し信頼できる主体であるかが重要”であると発言しました。また、経済産業省(以下、経産省)が公表している「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン[9]」をあげ、“放送事業者も人権保護に関する取り組みを適切に行う必要がある”としました。 

 林秀弥委員からは別な切り口の発言がありました。“番組制作にあたってタレント等の不適切合意を誘引、助長するような慣行が存在する場合、タレントに過度に依存した番組にならざるをえない”とした上で、今回のフジテレビの件が“放送番組の適正性にとって悪影響がなかったのかの検証が重要”と述べました。“各社が自主的に設けた番組基準が標ぼうする人権保護が守られているか、自主・自律的に検証すべき”との発言もありました。

⑶「ビジネスと人権」の重要性と放送事業者の責任

 落合委員が発言で引用した経産省のガイドラインですが、策定した検討会の開催趣旨[10]には以下のような文言が記されています。「2011 年の国連人権理事会において「ビジネスと人権に関する指導原則」が支持され、人権の尊重は、すべての企業に期待されるグローバルな行動基準であるとされている」が、「企業の人権に関する取組状況調査では、人権デュー・ディリジェンス(以下、人権DD)[11]の実施率は回答企業の約5割に留まるなど、日本企業の取組にはなお改善が必要である」。ガイドラインの表題は、「サプライチェーン」となっています。これは、原材料の調達や製品の製造、流通、販売までの一連のプロセスを表すものですが、ガイドラインの内容を見ると、全ての企業が、社員も含むあらゆるステークホルダーに対して、人権尊重に向けてどのような取り組みが必要なのかをまとめた汎用的な内容であると理解していいと思います。

 ガイドラインは30ページにわたり、取り組みの概要・考え方、実効性の評価、説明・情報開示のあり方などがまとめられています。発行されたのは2022年2月です。こうした国の動きもあり、在京民放キー局では、2023年3月にTBS-HDが、2023年11月に日本テレビ-HDとテレビ東京-HDとフジ・メディアHDが、2024年2月にテレビ朝日-HDがそれぞれ「人権方針」を公表しています。

 フジ・メディアHDは人権方針を公表した後、2024年6月からは「グループコンプライアンス等委員会」のもとに「グループ人権小委員会」を設置し、1年間かけて人権DDの推進をしていくと表明していました[12]。今回明らかになった事案は、こうした人権への取り組みを標ぼうする中で進行していたものですので、同社の人権への取り組みが“絵に描いた餅”であったと批判されても仕方がないと思います。

⑷総務省の行政指導とフジテレビの具体強化策

 ここからは改めて、総務省からフジテレビに対して行った行政指導(図1[13]と、それに対してフジテレビが報告した具体強化策[14]図2)についてみていきます。

(図1) 総務省からフジテレビ等に対する行政指導

 総務省の行政指導の中に、「本来有すべき放送の公共性や言論報道機関に係る社会的責任」という文言があります。これは、“放送法で規律された免許事業者として、国民の貴重な公共の電波を利用して多くの視聴者・市民に番組や情報を届け、そのことを通じて社会に大きな影響力を及ぼす存在であることに対する責任”と言い換えていいと思います。

 また、フジテレビなどの役員指名ガバナンスが機能不全に陥っているとし、そうした杜撰な役員指名の背景に、「組織の強い同質性・閉鎖性・硬直性」があるとの指摘もありました。このことは、様々な有識者が、フジテレビについて、“オールド・ボーイズ・クラブ”もしくは“オールド・ボーイズ・ネットワーク”による支配、つまり、同質性の高い年配の男性たちによる閉鎖的な意思決定が常態化していたと指摘していたことにも重なります。

 では、フジテレビは放送事業者としての社会的責任を自覚した上で何に取り組むのか。ここがポイントとなります。一般的な企業に共通する人権施策を、“社会的責任が重い事業者として自覚を持って取り組む”ということなのか。日本の年功序列型の一般的な企業における共通の課題への対応として、既に多くの企業で実施済みの“役員定年制や女性登用などの人事制度改革に遅ればせながら取り組む”ということなのか。それとも、放送事業者固有の、メディア企業であることも踏まえた改革に取り組むのか・・・。

 図2は、総務省の行政指導を受けてフジテレビが報告した具体強化策です。1~4の「人権・コンプライアンス意識向上・体制強化」と5~8の「ガバナンス改革・組織改革」のうちの6、7の人事制度改革は、一般的な企業が取り組むべき施策と同様の内容と言っていいでしょう。残りの5、8が番組制作に関わる内容となっています。

(図2)フジテレビ「人権・コンプライアンスに関する8つの具体強化策」

⑸「楽しくなければテレビじゃない」を論じる前に

 この具体強化策で最も注目されたのは、5と8に示された「楽しくなければテレビじゃない」からの脱却の方向性でした。これは、1980年代からの躍進を支え続け、フジテレビのシンボルともいえるキャッチコピーでしたので、因習からの決別というこの表明は、改革に向けた意気込みを大いに感じさせるものでありました。しかし、「楽しくなければテレビじゃない」という“シンボル”に全責任を負わせることのみでフジテレビの再生・改革が図れるのか、というと疑問も残ります。

 今回のフジテレビ問題だけでなく、ジャニーズ問題においても指摘されてきたのが、タレントや芸能事務所に過度に依存するような放送局の番組制作のあり方や、一部の番組制作者の人権意識の低さでした。こうした課題に対応するためには、一般的な企業同様の人権・コンプライアンスに関する施策や人事制度改革では足りず、放送事業者、メディア企業としての施策も併せて検討し、視聴者・市民に分かる形で具体的に示していく必要があるのではないか、と私は考えています。そして、そのことが、放送政策としてフジテレビ問題を論じるということであり、放送業界としての普遍的な論点であるのではないかと思っています。

 ただ、曽我部真裕委員が指摘するように、“放送の価値は番組内容に表れるが、自主自律にゆだねられるべき内容を総務省で正面から議論することは困難”であるという課題もあります[15]。だとしたらせめて、林委員が述べたように、フジテレビは、今回の事案が放送番組の適正性にとって悪影響がなかったのかどうかの検証を、放送業界はこれを機に、番組基準が標ぼうする人権保護が守られているかを改めて検証するということを行ってはどうかと思います。

 放送法第5条で、放送事業者は「放送番組の編集の基準(以下「番組基準」という。)を定め、これに従って放送番組の編集をしなければならない」とされています。この中には、人権保護についても取り決めがあります。

 まず、NHKと民放が1996年に制定した「放送倫理基本綱領[16]」では、「放送は、民主主義の精神にのっとり、放送の公共性を重んじ、法と秩序を守り、基本的人権を尊重し、国民の知る権利に応えて、言論・表現の自由を守る」と定められています。また、NHKの「番組基準[17]」では、第1章第1項「人権・人格・名誉」において、「1.人権を守り、人格を尊重する。2.個人や団体の名誉を傷つけたり、信用をそこなうような放送はしない。3.職業を差別的に取り扱わない。」と定められています。民放連の「放送基準[18]」には、第1章「人権」において、「(1) 人命を軽視するような取り扱いはしない。(2) 個人・団体の名誉を傷つけるような取り扱いはしない。(3) 個人情報の取り扱いには十分注意し、プライバシーを侵すような取り扱いはしない。(4) 人身売買および売春・買春は肯定的に取り扱わない。(5) 人種・民族、性、職業、境遇、信条などによって、差別的な取り扱いをしない。」と定められています。

 改めてこれらを見ると、記載は“総論”にとどまっていることがわかります。放送局には多種多様な番組制作の現場があります。それぞれの現場で、どのような形で人権保護について実践していくのか。そして、社会の変化に合わせて、どのような施策が望ましいのかについても、日々のアップデートが求められています。具体的な取り組みを社内、業界で絶えず議論し、その成果を社会に示し、意見も求め、より番組の質を高めていく努力が、放送事業者ならではの“攻め”のガバナンスなのではないかと思います。

 それから、“攻め”のガバナンスとしてもう1つ。放送事業者が経営として視聴者・市民に説明責任を果たしていくことは言うまでもないことですが、今回のフジテレビ問題のように、それが難しい場合も少なくありません。先にも触れたジャニーズ問題でも同様の状況が長く続きました。経営がこうした状況に陥らないよう、報道部門が“内なる目”として経営をチェックし、経営の健全化を促すような仕組みも重要なのではないかと思います。今回のフジテレビ問題では、自社の社長会見に報道部門が参加し、厳しい質問をしていたことが印象に残っています。こうした仕組みは、メディア企業でなければ備えることはできません。ガバナンスとして内包させるというのは経営サイドにとっては苦渋の選択かもしれませんが、報道部門の独立性を社会に示すことは、放送事業者の信頼性を高めるという意味でも効果的な方法なのではないかと思います。この点については、また改めて論じてみたいと思います。

おわりに

 ⑸で、「楽しくなければテレビじゃない」という“シンボル”に全責任を負わせるのみではフジテレビの再生・改革はない、と書きました。ただ、「「楽しい」の再定義」に向けた議論については大いに期待しています。なぜならこの再定義の議論は、フジテレビの再生・改革だけでなく、民放における公共性とは何か、を考えるヒントにもなるのではないかと感じたからです。表2に、フジテレビの再生・改革プロジェクト本部が3月31日に公表した、「フジテレビの再生・改革に向けて」という報告書に書かれた社内の声の一節をあげておきます[19]

(表2)「フジテレビの再生・改革に向けて」 P15

 番組や情報を届ける伝送路が放送波からインターネットに急速に移行する中、放送事業者は、“放送法で規律された免許事業者として、国民の貴重な公共の電波を利用して多くの視聴者・市民に番組や情報を届け、そのことを通じて社会に大きな影響力を及ぼす存在である”ことをよりどころとする“放送の公共性”から、番組や情報における公共性とは何かについて考えなければならない段階に来ています。公共性というと、ニュース・報道をイメージすることが多いですが、新聞とは異なり、放送の特徴は総合編成であり、チャンネルの中にはあらゆるジャンルが混在しています。特に民放の場合、番組の主軸は、なんといっても娯楽・バラエティーです。では、民放が制作する娯楽・バラエティー番組の公共性とは何なのでしょうか。NetflixやAmazonのようなOTTによるコンテンツ、YouTuberなどによるUGC(ユーザー生成コンテンツ)との違いを言語化し、内容を洗練させていくことが必要となってきます。「視聴者が共感できる新たな「楽しさ」の追求」の先に、こうした民放のコンテンツの公共性とは何か、という一つの答えが見えてくるのではないかと期待しています。そしてこの議論は、総務省・在り方検での論点の1つとして掲げた、「これからの「放送の価値・役割」のあり方について」にもつながってきます。引き続き考えていきたいと思います。


[1] 2024年12月末、複数の週刊誌によって、フジテレビの番組に出演中だったタレント中居正広氏と同社社員との間で2023年6月に生じた事案が報じられた。2025年1月17日に社長会見が開かれたが、生中継や動画撮影禁止、週刊誌やフリーの記者などの参加を認めなかったことから批判が殺到。多くの広告主がCMをAC(公共広告機構)差し替え、その後はフジテレビと取引を停止する事態が加速した。フジテレビは1月23日付で第三者委員会を設置、27日には社長・会長が辞任、3月27日付で日枝久取締役相談役が退任した。日枝氏はフジHDの取締役相談役も、6月開催予定の株主総会を経て退任する見込み。3月31日付の「調査報告書」では、今回の事案は、業務の延長線上における性暴力という人権侵害行為であると認められること、当時の社長らがコンプライアンスや経営リスクの問題としてとらえることができず、漫然と当該タレントの出演を継続させたことなどが指摘された

[2] 行政指導の内容は https://www.soumu.go.jp/main_content/001006816.pdf P13

[3] https://www.fujitv.co.jp/company/news/20250430_6390900.pdf

[4] https://tmlo2025.com/20250512-1600.pdf

[5] ダルトン・インベストメンツの株主提案

 5612ae_4efa43f29eae46f39940db3805922d7d.pdf

[6]https://contents.xjstorage.jp/xcontents/46760/84b1f5f6/60d3/42af/bfec/02db57543cfc/140120250516556415.pdf

[7] https://contents.xj-storage.jp/xcontents/46760/ad79dfad/617f/4961/acc9/d3d49619c02e/140120250516556407.pdf

[8] https://j-ba.or.jp/category/topics/jba106535

[9] https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003.html

[10] https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/supply_chain/pdf/001_02_00.pdf

[11] 自社や取引先等における人権リスクを調査・特定し、防止およびトラブルを対処する取り組みのこと

[12] https://www.fujimediahd.co.jp/pdf/fBimfXfcAYBPOc3C.pdf

[13] 注2)参照

[14] 注3)参照

[15] 4月25日の在り方検・親会での発言

[16] https://www.bpo.gr.jp/?page_id=1299

[17] https://www.nhk.or.jp/pr/keiei/kijun/index.htm

[18] https://j-ba.or.jp/category/broadcasting/jba101032

[19] https://www.fujitv.co.jp/company/news/250331_2025033110019.pdf