はじめに
総務省・情報通信審議会の「放送政策委員会」では、5月と6月に2回の会合が行われました。そこではいずれも、「情報空間が多様化する中での放送の価値・役割」「放送サービス・産業、放送インフラ、公共放送(NHK)のあるべき姿」といった総論が論点とされました(図1)。このうち、第1回会合の議論の内容は、議事要旨と事務局が作成した委員の主な発言のまとめとして公開されています。
(図1) 第2回会合で示された論点

出典:第2回事務局資料2-2 P31
具体的な論点を設定しての議論はこれからです。総務省事務局からは、今後の議論の進め方として、以下のような行程が示されました(図2)。今夏頃を目途に、短期・中長期の課題の振り分けを行うとしています。
(図2)放送政策委員会の今後の議論の進め方(案)

出典:第2回事務局資料2-1 P6
7月1日の原稿で書きましたが、私はこの放送政策委員会に専門委員として参加しています。2回の会合における議論を私なりに整理するとともに、私の発言も記録しておきたいと思います。まず「情報空間が多様化する中での放送の価値・役割」の論点についてです。
*放送の価値・役割とは?
2回の議論の中で、多くの委員から発言があったのがこの論点でした。これは前身の会議である、「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」(在り方検)でも繰り返し議論されてきたものであり、委員の発言も、これまでの議論で示されていた内容が多かったように思います。
1)「信頼できる情報の提供」と「社会の共通基盤」
最も多くの委員からあがったのが「信頼できる情報の提供」でした。取材、編集に裏打ちされた情報を提供する放送の価値・役割は、デジタル情報空間における偽・誤情報の氾濫や生成AI時代において一層高まっているというものです。
「災害時や事故などの緊急時、放送は信頼性と速報性を兼ね備えたメディア(柿沼委員)」といった内容面だけでなく、「アテンション・エコノミーと逆方向の規律が内包される放送法に基づく放送の現代的な役割(山本副主査)」、「取材、編集、確認、ときには訂正といった一連の責任あるプロセスの存在(澁谷委員)」といった、放送制度やそれに関連する観点での意見が目立ちました。
「社会の共通基盤」としての価値・役割をあげる委員も多くいました。「言語や文化、地域性、生活感覚などを共有し、社会の一体感や日本人のアイデンティティの形成を担ってきた(高橋委員)」、「国民的行事や災害報道において社会の共通基盤を支える(山口委員)」といった内容です。こちらは、放送波の技術的特性である一斉同報(リアルタイム)性や到達性、耐災害性、加えて、テレビデバイスの特性である共視聴に紐づいたものであるといえると思います。
2)娯楽番組の価値・役割は?
議論に参加していて感じたのは、放送の価値・役割を論じる際、先にあげた2つのように、放送特有の法制度と技術特性を起点にして考えるのか、それとも、これまでの歴史の中で放送が自主自立のもとで培い、いま提供している実サービスを起点にして考えるのか、ということでした。
たとえば、2回目の議論では、事務局からの設定もあり、娯楽番組について議論が及びました。放送の価値・役割の議論は、どうしても報道や情報提供に議論が偏りがちになりますが、実際に最も視聴者の多いゴールデン・プライムタイムに放送している多くは、ドラマかバラエティ番組です。視聴者や国民の放送に対するイメージも、こちらの方が強いといえましょう。
放送法では、地上テレビや一部のBS放送に対して、「番組調和原則」があり、「教養、教育、報道、娯楽」といった番組を設け、調和が取れた編成を求めるとされています。その観点から見ると、娯楽番組の制作は、その中身を問わず、法制度に規定されたものといえます。ただ、視聴者のリアルタイム視聴が減少し、放送局も配信でコンテンツを展開することが日常的になる中で、番組表を前提とした「編成」(総合編成)の存在感は低下していることも間違いありません。そうなると、「オンデマンドコンテンツの提供メディアとしての存在意義を放送に求めるとすると、文化に着目せざるを得ない(内山構成員)」ということになってきます。
議論では娯楽番組の価値・役割について、「報道の理解を助ける周辺的な情報や、日本の言語、文化を理解するために不可欠な情報を含んでいる(大谷委員)」「生活や、人間や社会の見方といった広い意味での文化は民主主義社会と不可分(宍戸主査)」といった発言がありました。
私はかつて、シンポジウムで民放の娯楽番組のプロデューサーと議論したことがあるのですが、その時のテーマの1つが「テレビバラエティの公共性」についてでした。議論では、①子どもからお年寄りまで誰もが安心して楽しむことができる番組を作ること、②お茶の間で一緒に見ることを通じて、性・年齢や立場を超えて会話が生まれるような番組を作ること、③社会で起きている問題について、関心のない人でも敷居低く考えるきっかけを提供する番組を作ること、という3点が示され、大きく頷いたことを記憶しています。これらは、直接的には法制度や技術特性と紐づいてはいませんが、法制度や技術特性があったからこそ意識され、長年の間に現場で考え、育まれてきた、娯楽番組における放送の価値・役割なのではないかと思いました。
3)多元性・多様性・地域性について
議論では、多元性・多様性・地域性という、いわゆる「放送三原則」についても、放送の価値・役割の中で論点化されました。実はこの原則そのものは、放送法上、明確な規定はありません。図3はマスメディア集中排除原則を説明する際に用いられている総務省の資料ですが、「基幹放送をすることができる機会をできるだけ多くの者に対し確保することにより、基幹放送による表現の自由ができるだけ多くの者によって共有されるようにする」ために「一の者が保有することができる放送局の数を制限する」ことから、結果的に三原則の実現が導き出されているのです。広義には三原則は放送特有の制度と捉えてこれまで議論されてきました。
図3 放送三原則(多元性、多様性、地域性)とは

出典:総務省資料
ただし、多様性については、三原則の他、先に触れた「番組調和原則」という観点もあります。また、そもそも三原則を導き出してきたマスメディア集中排除原則の緩和が続いているため、委員会では、放送の価値・役割という論点では収まらない議論となりました。
ここではデジタルプラットフォームのアルゴリズム支配が進み、フィルターバブルなどの課題が深刻になる中、改めて、放送の価値・役割をどう認識するかという部分のみを切り出し、委員の意見を取り上げておきたいと思います。主な意見としては、「放送は、不特定多数への同じ編成を届けて、偶然の出会いを作り出す(山口委員)」「ネット配信の表示におけるプロミネンスや番組調和原則の考え方に基づいたアルゴリズムのデザインも重要(山本副主査)」といったものがありました。
放送三原則とローカル局の今後についての論点は改めて紹介します。
・「社会的包摂」と「対話の場作り」
最後に、私がどのような発言をしたのかを記しておきたいと思います。多くの構成員が発言した、「信頼できる情報の提供」と「社会の共通基盤」について、私も異論はありませんが、発言では別な観点から2点申し上げました。法制度の「ユニバーサルサービス義務」と「多角的論点提示」に紐づく役割を、放送の価値・役割としてより自覚的に考えていくべきだ、という内容です。以下、発言をそのまま引用しておきます。
「NHK放送文化研究所の「国民生活時間調査」の結果が発表され、この5年でテレビ視聴(リアルタイム視聴)が減少していなかった60代・70代もテレビ離れをしたということで大きな話題になりました。これは平日に1日15分以上視聴する人の行為者率の低下であって、実は70代の1日のテレビの平均視聴時間というのは30分以上増加しています。高齢者でもネットを利用する層とそうでない層、デジタル・ディバイドに置かれている層に二極化しているということを示すデータなのではないかと思っています。
また、NHKの別の調査によると、ネットをほとんど利用しないという人は約20%、ネット動画を利用していないという人も30%強存在しています。つまり、ユニバーサルサービスとしての地上放送は現在、デジタル・ディバイドに置かれた人々が社会との接点を確保するための機能となっているのです。広告モデルの民放にとってはなかなかビジネス化するのが難しい視聴者層ではあるかもしれませんけれども、そうした社会的包摂の機能はますます重要になっており、これは他のサービスでは代替し得ない、相対化できない機能であると思います。」
「分断や対立、差別や誹謗中傷がネット空間から一般社会にこれだけ大きく侵み出している中で、民主主義社会の維持、人間の尊厳を守るという役割を果たしてきた放送が、より積極的に自覚的にその役割を果たしていくべきであるということは指摘しておきたいと思います。
例えば異なる立場、論点、価値観を「多角的論点提示」ということで単に並べて提示するだけではなく、多様性が交わる接点をつくること。冷静で建設的な対話の場づくりとその運営によって、より積極的に相互理解の促進に取り組み、個人の「情報の参照点」ではなくて、「認識の参照点」を提供する必要があると思っています。
また、弱い立場や生きづらさを感じる人、少数者の声の代弁は、これまでもやってきましたけれども、今まで以上にこれをやり続け、課題解消まで伴走していく必要があると思っています。」
おわりに
放送政策委員会での委員同士の議論も重要ですが、放送事業者自らが考える、これからの時代においても、他には負けない、もしくはこれからも譲れない自らの価値・役割について、事業者の言葉で伺ってみたいと思います。今後の議論では、限られた放送事業者の経営資源の中で、“選択と集中”というシビアな議論もしなくてはならない段階が来ると思います。事業者の見解を踏まえた上で、今後も放送にしか担えない、今後は放送にこそ担ってもらいたいという価値・役割の優先順位を、社会からの要請という観点で委員会では議論していく必要があるのではないかと思います。
次回は、放送・サービス産業という観点でローカル局の将来について、そして放送インフラについて議論を整理します。
