総務省・情報通信審議会「放送政策委員会」③AI時代のテレビ・放送政策(8月20日記)


はじめに

 総務省では、2026年5月から放送やテレビの将来などについて検討する情報通信審議会の放送政策委員会が開催され、これまで3回の会合が行われています。1・2回目については、議論の内容の整理と、委員として参加している私自身の発言とその意図を、「①放送の価値・役割」「②ローカル局の今後」としてまとめました。今回は7月28日に行われた3回目の会合の議論を、「③AI時代の放送政策」という観点からまとめておきたいと思います。

1)テレビにもAI時代が到来 

 会合では、2人の委員から最新のメディア市場動向についての報告が行われました。国内市場について報告した野村総合研究所の山口毅委員と、海外市場について報告した青山学院大学の内山隆委員の2人が共に述べたのは、テレビにAI機能が搭載されることに対する問題意識でした。 

*山口委員の報告

 山口委員は、これからのテレビは、AIがリモコンの代わりになり、対話メディアになる可能性があるとした上で、放送業界に求められるのは、AIというエージェントが仲介する時代になっても、信頼できるソースとして選ばれること、質の高いコンテンツを作り続けることだと述べました。そして、政策的な観点からは、災害情報や地域ジャーナリズムといった社会に不可欠な公共コンテンツに視聴者が容易にアクセスできる状態を担保する、いわゆる、プロミネンスの確保が重要な論点となってくると述べました。

(図1) 山口氏の報告資料 P7から引用

*内山委員の報告 

 内山委員は、コネクテッドテレビ(以下、CTV)のOSにAI機能が搭載されると、あらゆる映像供給サービスに横串を刺したレコメンドができ、Netflixが、Amazon Primeが・・・という状況でもなくなってしまう、そして、視聴履歴データもOSサプライヤーが有利に収集できてしまうと指摘しました。その上で、今後、テレビ端末においては、視聴者側から見て上流のコンテンツサプライヤー、中流の編成プラットフォーマー、下流のテレビOSサプライヤー、そのいずれもが主導権を持ち得るシナリオを考える必要があるとし、欧州で実施されているEPG(電子番組表)上のプロミネンスにこだわって足踏みしていると、プロミネンス施策そのものが五里霧中になってしまうという危惧を表明しました。

(図2)内山氏の報告資料 P30から引用

 2人の委員が指摘したAI機能搭載のCTVですが、既に2025年秋から、アメリカやカナダでは「Gemini for Google TV」が発売されています。日本でもGoogleTVを販売している中国メーカーのTCL JAPAN ELECTRONICSが今夏に発売を開始するとしていますので、未来の話ではなく、現在進行形の現象として捉えておく必要があると思います。

2)視聴者・ユーザーから見たAI時代のテレビ ~お茶の間端末の公共性の行方~

 では、視聴者・ユーザーにとって、テレビへのAI搭載の動きにはどのような意味があるのでしょうか。

 機能的には、テレビが大きなスマートフォン(以下、スマホ)になっていくというイメージに近いと思います。ただ、スマホは身体に極めて近いパーソナル端末。一方、テレビはある程度の距離を置いて、家族や友人などの他者と共に視聴することが多い端末です。

 スマホが登場して20年弱になりますが、その間、UI・UX、生体認証やユーザーログを活用したヘルスケアなどのパーソナルサービス、位置情報を活用したレコメンドやターゲティング広告など、様々な形で個人への最適化(功罪含めて)が進められてきました。一方、CTVでは、テレビの電源スイッチを活用した独居高齢者の見守り機能、ホームネットワークと連携させた各種サービスなどの多様な機能がメーカーを中心に提案されましたが、あまり普及せず、サービスのメインは映像提供が中心のままです。また、内蔵カメラでテレビの前にいる個人を特定し、それぞれに対する最適化が模索された時期もありましたが、こちらも広がることはありませんでした。

 ただ、最近はリモコンではなく、音声入力も普及しつつあります。こうした中、AI機能の搭載によって、CTVの世界は大きく変化していく可能性があるのではないかと感じています。家族全員に対して、時に個々人に対して、最適化したコンテンツを提案したり、あらゆるプラットフォームからコンテンツを集め、組み合わせたリニアチャンネルを提供したりしてくれるかもしれません。コンテンツ提供にとどまらず、日常の生活にも入り込んだ多機能サービスも、AIがエンジンとなれば花開く可能性もありそうです。

 こうした未来に対して、私は期待と不安を感じています。一日の多くがスイッチの入っていない殺風景な黒い箱になってしまっていたテレビが、お茶の間の団らんを下支えする今日的なコミュニケーションツールとしてよみがえるかもしれないという期待。AI搭載テレビから提供されるコンテンツをどこまで信用していいのか、ブラックボックス化したアルゴリズムに暮らしや認識が支配されるのではないか、という不安。こうした新しいテレビを作るのは誰なのかということも気になります。GoogleとAppleによるOS支配が固定化したスマホの世界のように、テレビの世界でも特定のOSが支配する時代が到来するのでしょうか。

 こうした中、いま一度、考えておきたいのが、“お茶の間端末“の公共性ということです。子どもからお年寄りまで、いつ誰が見ても安心で安全な放送が流れていることを担保する、放送の公共性に紐づいてきた“テレビ端末”の公共性はどうなっていくのでしょうか。テレビがCTVからAI機能搭載へと進化する中においても、視聴者・ユーザーはテレビ端末に公共性を求め続けるのでしょうか。“チューナーレステレビ”(放送波を受信できない端末なので厳密にいえばテレビという呼称にはあたらない)が増加する中、すでにテレビ端末の公共性は消滅しているとみていいのでしょうか。それとも…?このあたりについては、ユーザー・視聴者の感覚も把握しながら考えていく必要があると思います。

3)放送局から見たAI時代のテレビ ~コンテンツ・流通経路の時代へ~

 次に、放送局にとって、テレビへのAI搭載の動きは何をもたらすのか見ておきたいと思います。

 テレビがインターネットに接続されるようになったのは15年位前からです。それまでは、放送局は、放送免許のもとで限られた物理チャンネルを占有し、テレビを排他的なプラットフォームとしてサービスを提供してきました。民放の広告ビジネスや、その取引指標となる視聴率モデルも、この仕組みを前提に構築されてきました。

 しかし、CTVの拡大により、テレビ上に動画配信サービスという新たな競争相手が登場し、放送サービス(チャンネル)VS配信サービス(アプリ)の競争が始まります。2015年に国内でNetflixとAmazon Primeのサービスが開始し、2020年からのコロナ禍を経て、若い世代では、CTVにおける配信サービスの利用が放送に肉薄するようになってきました。こうした中、放送局自身も、TVerやNHKプラスをはじめ、各種動画配信サービスを充実させることで、配信(アプリ)サービス間での競争も行ってきました。

 そして、今般のテレビへのAI機能の搭載です。これによって、チャンネルやアプリといった“パッケージ”は解体されて、番組・情報といった“個別コンテンツ”単位となり、それが視聴データの解析や様々な文脈のもとで再構成されて、視聴者・ユーザーに届けられていくという世界が見えてきているのです。

 こうした中、放送局は大きく2つの課題と向き合っていかなければならないと思います。1つ目はコンテンツプロバイダーとしての公共性、2つ目は放送波に代わる流通経路の設計です。

 まず、コンテンツプロバイダーとしての公共性です。配信サービスの拡大とAIエンジンの搭載によって、放送の大きな特徴の1つであった、報道から娯楽までを幅広く総合的に編成する、チャンネルの存在感は薄らいでいくことは間違いないでしょう。こうした中、放送局は、個々の番組、個々の情報のその一つ一つにおいて、品質、信頼、公共性がこれまで以上に問われる時代になってきます。

 放送法による規制のもと、それぞれの局が自主自律で取材・制作を行ってきたという歴史的な積み重ねは、信頼という点で、UGC(ユーザー生成コンテンツ)との一定の差別化にはなるでしょう。一方で、ネット上における自由で挑戦的な取材・制作によるコンテンツと伍していくには、時に規制は足枷となることがあるかもしれません。

 放送と配信の境目なくコンテンツが流通する時代において、民間の放送局も、自らの役割を、放送波を活用する免許事業者としての“放送の公共性”から、“コンテンツプロバイダーとしての公共性”として再定義しなければならない局面が来ると思います。この議論は、これまで放送政策として示されてきた「放送の再定義」に含まれていくのだろうと私は理解していますし、この議論の延長線上に、公共的なコンテンツを視聴者・ユーザーにアクセスしやすくするというプロミネンス政策の議論があると考えています。

 次に、コンテンツや情報の“流通経路“の設計です。放送波という伝送路による“一斉同報性・到達性”の優位性が薄れる中、今後、視聴者・ユーザーに対して、多様性・地域性を持つコンテンツや情報を到達させる経路としては、UI・UXの設計や、レコメンドやターゲティング、ユーザーデータに基づいたアルゴリズムの設計が新たなカギを握ることになることは間違いないでしょう。

 では、放送局は今後、テレビにおいて、放送波に代わる流通経路を握ることができるのでしょうか。テレビOSを握るのか、テレビの標準UIを置き換えたり、リモコンキーに関与できるオペレーションアプリを業界として開発するなどの放送規格化に取り組むのか、各種テレビOSを搭載するテレビメーカーと連携・協業するのか、地デジ後、欧州では放送業界が協調して、テレビ端末への展開を中心に据えて様々な取り組みを進めてきました。しかし日本の業界では、この領域における取り組みが活発とはいえない状況が続いていると感じています。また、今回はテレビを中心に考えてきましたが、インターネット空間全体への流通経路をどう考えるかもセットで考えていく必要があります。

 この流通経路の議論には、先に触れたプロミネンス政策というテーマも大きく関わってきます。どこまでを事業者自身の意思による取り組みとして考えていくのか、どこからを国の政策として進めていくのか、整理して議論していく必要があるのではないかと思います。

おわりに

 次回も引き続き、3回目の会合について、プロミネンスの議論を中心に考えていきたいと思います。


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