総務省では、2021年11月から4年半にわたり、「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」において放送政策議論が行われてきました。2026年5月、その議論を引き継ぐ形で立ち上がったのが、情報通信審議会の中に新設された「放送政策委員会」です。私は専門委員として議論に参加することになりました。5月に1回目、6月に2回目の議論が行われました。
私はNHK放送文化研究所に在籍していた2012年頃から、総務省で行われている放送政策を議論する各種検討会を傍聴し、関係者に取材を行い、論点を整理するとともに課題を問題提起してきました。いわば、10年以上、放送政策の議論を“外側”から論じてきたわけです。NHKに所属している身ではありましたが、NHKも含めて、放送やメディアのあり方を俯瞰的に捉えながら議論をウオッチし続ける自身の取り組みに誇りを持ってきました。
ですので、今回、議論の“中側”に入ることについてはためらいも少なからずありました。では、なぜ“中側”の議論に加わろうと思ったのか。以下、考えを書いておきます。
放送やテレビ、NHKを取り巻く環境は非常に厳しい状況になっています。それに対して、ネットを見ると、総務省と放送業界はいまだに護送船団方式にあってテレビ局は既得権益にしがみついている、業界は成功体験から抜け出せずにビジネスモデルの変革を怠っている、NHKは受信料制度に胡坐をかいて視聴者感覚とズレている、“上から目線”のマスゴミで“似通った番組“ばかり作ってネットメディア以下になっている、という類の批判があふれかえっています。
それらの批判が的外れであるというつもりはありません。私も30年以上、放送業界に身を置いていたので、批判の中には的確な内容もかなり含まれていると感じます。組織に所属していた時には、様々な局面で自身の思いと乖離した状態に追い込まれ、忸怩たる思いを持って仕事をしてきた経験もあります。一方で、批判の中には、的確な内容と同じくらい、ただただ放送、テレビ、NHKを叩くことを目的としているような非建設的な内容も多く含まれています。また、あるべき論としてうなずける点はあったとしても、必要とされる様々な制度改正やナイーブな調整などが斟酌されていない感覚的な内容も多く含まれています。例えば、テレビ局は地上波(電波)での放送はやめるべき、NHK受信料は税金にすべき、ローカル局は積極的に減らしていくべき、などです。
また、ネット上だけでなく、私と同様の立場の人たち、つまりメディアを論じることを生業にしている人たちや、放送局や新聞社などレガシーメディア出身の人たちの中には、さらに強い論調で批判する人たちも少なくありません。こうした批判を目にするたびに、では、私自身が“外側”から論じてきた内容はどうだったのか、非建設的・感覚的な論ではなかったのか、と省みることが増えてきました。そして、かつて自分が書いた論考を読み返してみると、所属している組織、業界への近親憎悪的な感情がにじみ出てしまっていたり、政策議論に参画する当事者ではないが故に批判だけにとどまって対案を論理的に示すことを回避していたりする部分が散見されました。
これらの論考は、すでに世に出してしまっているものなので書き直すことはできません。ただ、これからも放送やNHK、メディアのあり方を考え、発信を続けていくためには、これまでのように“外側”から論じるだけでなく、“中側”の議論に飛び込み、そこで自らも覚悟を持って発言しながら、更にその自身の発言も含めて議論を“外側”から論じていくことが、自身の責任であり、自身にしかできない役割だと考えました。
議論の1回目、2回目の内容については追って報告したいと思います。
