はじめに

 5月29日、国連人権NGOヒューマンライツ・ナウ(以下、HLN)が、「テレビ局の人権施策の実施状況に関するアンケート調査報告[i]」を公表しました。調査が対象としたのは、在京キー6局(NHK+民放)と在阪4局(広域局)の10社です。そのうち、回答期限までに提出したのが7局、回答期限を過ぎてから回答したのがテレビ東京で、関西テレビ、読売テレビの2局は辞退したとのことでした。

 90ページにわたる調査報告書はHLNのウェブサイトに掲載されていますので、内容の詳細はそちらをご参照ください。ここでは、調査実施の意義について私が感じたことを述べたいと思います。

                       出典:HRNウェブサイト 

1)調査実施の4つの意義

*フジテレビ以外のテレビ局にも人権施策の自己点検を促したこと

 この調査は、各局への送付が2月、3月末が回答期限でした。フジテレビを巡る一連の問題が進行する最中に、“公共性の高い事業を担う特別な責任を有する企業[ii]”として、フジテレビ以外のキー局・準キー局にも人権施策の自己点検を促したことに、まずは意義があると感じました。各局とも、旧ジャニーズ問題をきっかけに様々な施策に取り組み始めており、その進捗についても各局自身がレビューする機会になったと思います。

*“テレビ局として”行うべき今日的な人権施策を明確化したこと

 以前の論考[iii]でも少し述べましたが、フジテレビ問題をきっかけに「ビジネスと人権」やコーポレート・ガバナンスについて考える際には、放送事業者が果たすべき社会的責任に伴う“一般企業として”の施策と、番組制作や報道を担う“テレビ局として”の特有の施策の、双方の関係性をしっかり意識して論じていく必要があると思います。前者(一般企業としての施策)の総論を後者(テレビ局としての施策)の各論に落とし込み、現場におけるリアルで具体的な取り組みを考えていかなければ、人権施策は“絵に描いた餅”になりかねないからです。そして、その取り組みは、放送法や、そのもとで各局が策定している放送基準や放送ガイドラインに関わる内容になります。基準やガイドラインは策定したから十分なのではなく、その内容を、時代に合わせてどうアップデートしていくのかが問われているのです。

 こうした視点で今回の調査の質問項目を見ると、まさに“テレビ局として”行うべき今日的な人権施策とは何か、という問題意識のもとで設計された内容であることがわかります(表1)。私自身もそうですが、調査に回答した局も、この質問項目から数々の気づきを得たのではないかと推察します。

 そして、公表された調査結果は、テレビ局に関わるあらゆるステークホルダーや視聴者が、テレビ局の人権施策の現在地を知るための貴重な資料にもなっていると感じました。

(表1) 質問項目の抜粋(抜粋は筆者による)

*各局の説明責任に対する姿勢がうかがえたこと

 意義の3つ目は、調査への向き合い方を通じて、各局の説明責任に対する姿勢、言い換えれば、それぞれの局がどこまで自らの組織を社会に開き、“市民社会とのエンゲージメント[iv]”をしようとしているのかをうかがい知ることができたということです。

 質問項目には、今回のフジテレビ問題や旧ジャニーズ問題で課題としてあげられた、「有力な出演者や芸能事務所が圧倒的に強い力を有している場合」における人権侵害に加えて、重層的下請け構造の下で働くフリーランスの立場に関するものや、放送業界の課題として指摘され続けて長年改善がみられていない、出演者と契約を書面で行わない慣行なども含まれています。また、HLNが勧告した18項目[v]の中には、「視聴率至上主義を改め、コンテンツから人権侵害や差別、偏見、アンコンシャスバイアスの助長を根絶するとともに、社会の「公器」として、人権を促進する役割を積極的に果たすこと」など、番組の編集方針に触れるような内容も含まれています。報告書や記者会見を見る限り、HLNのテレビ局に対する姿勢は極めて厳しいといえましょう。

 しかし、厳しいということは期待していることの裏返しでもあります。HLNのような外部の団体を、自局の施策を改善するきっかけを与えてくれたり、施策を広く社会に示してくれたりする存在だと捉えるのか、それとも、耳の痛いことを指摘したり、編集方針に口出ししたりする鬱陶しい存在だと捉えるのか。HLNはウェブサイト上に各局の回答を横並びで掲載[vi]していますが、それを見ると、どの局がどのような取り組みを行っているかだけでなく、どの局がどれだけ真摯な回答しているのかが一目瞭然でわかり、非常に興味深いです。

*報道機関としての姿勢がうかがえたこと

 調査に回答した7局のうち、今回の調査報告の公表をニュースとして扱った局とそうでない局がありました。もちろん、どの事象をニュースとして扱うかについては、各局の編集方針に関わることですので軽々しくコメントはできません。ただ、自局の課題や、自局を含む業界やメディアの課題について、当事者である立場をこえて“報道機関として”伝えようとする姿勢は、組織に自浄作用が内在されているかどうかを見極める上で重要なポイントであると私は考えています。そしてそのことは、報道機関としてのコーポレート・ガバナンスの要の1つではないかと思っています。

 ちなみに、今回の調査結果を報じたのは、日本テレビ、テレビ朝日、フジテレビの3局[vii]。NHK、TBSテレビ、毎日放送、朝日放送テレビは伝えませんでした。

2)各局の人権施策に学ぶ

 調査結果の中から、各局が参考にすべきではないかと思う項目について3点、記しておきます。

*出演者の人権保障への対策について 

 この項目で具体的な回答をしたのはフジテレビでした。スタッフへのリスペクトトレーニング等による現場作り、必要に応じたインティマシーコーディネーター[viii]の導入、台本・編集段階における危機管理セクションのチェックの導入の3点をあげていました。

 2020年5月、フジテレビの『TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020』というリアリティー番組に出演中だった木村花さんが、自ら命を絶つという痛ましい出来事がありました[ix]。花さんの母親の木村響子さんは、「娘の死は番組の“過剰な演出”がきっかけでSNS上で批判が殺到したためだとして、人権侵害があった」と、放送倫理・番組向上機構(以下、BPO)放送人権委員会に申し立てを行いました。2021年3月、BPOは、「人権侵害があったとまでは断言できない」とする一方で、「出演者の精神的な健康状態に対する配慮が欠けていた点で、放送倫理上の問題があったと判断」する「見解」を示しました。木村響子さんはフジテレビと制作会社を訴え、裁判は今も継続しています[x]

 花さんの死のような悲劇を二度と繰り返さないためにも、制作現場に閉じない形で人権保障の体制を構築していくことは急務です。テレビ局にはドラマ、バラエティー、報道・情報番組、ドキュメンタリーと多様な番組があり、そこには多様な出演者がいます。現場の主体性ややる気を損なうことなく、実効性のある施策をどう作っていくのか。局を超えた議論も必要ではないかと思います。

 

*番組を視聴する子ども・出演する子どもへの対策について

 子どもへの対策で具体的な回答をしていたのはテレビ朝日でした。番組を視聴する子どもへの対策として、以下の5つの事項の遵守に取り組んでいるとのことです。

 ①健全な育成に寄与する娯楽や情報を提供する、②いじめの助長を含む表現や下劣・卑猥な表現を避ける、③暴力や残忍な場面について気持ちを過度に刺激したり傷つけたりしないよう配慮する、④問題行為や社会的に賛否のある事柄について安易に模倣しないよう表現を注意する、⑤暴力や性的内容の表現は時間帯に応じて十分に配慮する(特に17時~21時)

 また、番組に出演する子どもへの対策としては、以下の6つの事項を確認しているとのことでした。

 ①安全性が確保された出演であること、②体調が良好であること、③保護者(親権者)、学校の了解を得ていること、④出演のテーマなど内容を確認し、了解が得られていること、⑤保護者が同伴できること、⑥拘束時間の明示と往復の交通手段が確保されていること

 それぞれの事項は、一見すると当たり前のようにも思えますが、このように対策を言語化して社内で共有することや、今回の回答のように対外的にしっかりと公表するという姿勢は、他局も習うべきものだと感じました。

*企業活動で権利に影響を受けた人の被害窓口・救済窓口について

 テレビ局特有の取り組みではありませんが、「グリーバンス・メカニズム」という人権施策についても触れておきたいと思います。

 グリーバンスとは、不当な扱いに対する異議や苦情を意味します。メカニズムは、単に異議や苦情を受け付ける窓口を整備するだけでなく、何らかの是正策や被害を受けた人の救済策までも含めた仕組みを構築するということを意味しています。あまり耳慣れない施策ですので、どのような経緯で出てきたのか確認しておきます。

 2011年、国連人権理事会で「ビジネスと人権に関する指導原則(以下、国連指導原則)[xi]」が承認されました。日本では、この国連指導原則にのっとり、2022年に経産省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン[xii]」を策定しました。同ガイドラインでは、企業は、国連指導原則をもとに自社で「人権方針」を策定した上で、「人権デューデリジェンス(以下、人権DD)」(企業が人権侵害に関するリスクを評価し、対策を講じて結果を検証、それを公表するという仕組み)を実施し、人権侵害などが引き起こされないよう予防的対策を行うこととされています。企業は自社で働く人たちだけでなく、取引先などの企業活動に関わるあらゆる立場の人たちへの人権問題にも責任を負うことが明記されています。

 しかし、どんなに予防したとしても、人権に関する全ての問題を防ぐことは困難です。そのため、企業には同時に、被害を受けた(と感じる)人たちへの救済措置も同時に求められており、その救済措置がグリーバンス・メカニズムです。

 現在、このガイドラインには法的拘束力はなく企業の努力義務となっていますが、今回の調査に回答した7局のうち、NHKを除く6局が、国連指導原則に基づく人権方針を策定し、人権DDを実施していました。そして、グリーバンス・メカニズムについてはフジテレビを除く5局が行っており、そのうちTBSは、運営を独立した第三者機関に預け、措置の件数も公表していました[xiii]

また、回答で興味深かったのは、日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日の在京キー4局が、メディア・エンターテイメント業界における人権侵害の効果的な被害救済に対して、民放連が横断的にグリーバンス・メカニズムを設置、あるいは、独立した第三者調査の実施に賛成しているということでした。今回の調査対象は、在京キー局と準キー局であり、それ以外の放送局がどのような施策を実施しているのかは不明ですが、自局単独でこうした救済措置の対応は難しいという局も少なくないと思われます。この調査を機に、民放連で新たな枠組みの議論に発展することを期待したいと思います。

3)NHKの対応について

 今回の調査報告の中で特に強調されていたのが、NHK対する指摘でした。報告書の「評価と総括」から、その部分をそのまま引用します[xiv](表2)。

表2 報告書「評価と総括」のNHK記載部分

 NHKは人権方針(1-1)については、「NHK倫理・行動憲章」「行動指針[xv]」「NHK放送ガイドライン[xvi]」「NHKの出演者に対する人権尊重のガイドライン[xvii]」に掲載しているとしてURLを表示し、人権DDの9項目、グリーバンス・メカニズムの10項目については無回答でした。

 また、4局がウェブサイト上で公表している「社内研修の実績(1-6)」については、「研修実績等は公開していません」という回答を、「セクシュアルハラスメント防止に関する規則及び相談窓口の掲載ページURL(7-3)」についても、5局が公表していると回答する中、NHKは「規程および相談窓口は外部には公開していません」という回答しています。

 「社内外での性的加害、性的な接待、ハラスメント等の実態を把握する調査の実施(7-10)」については、5局が実施する中で実施しておらず、「撮影過程での事故に対する補償を、社外の番組制作関係者にも行う仕組み(8-4)」についても、5局が行っている中で設置していないという回答でした。「人権課題が発生した場合、第三者委員会に調査を委託する考えがありますか(13-2)」については、4局がはいと回答する中、NHKは空欄で「事案によって判断します」というコメントを記載しています。

 NHKは独自の人権方針のもとで、憲章や指針、各種ガイドラインを設け、それに従って人権施策を行っているため、人権DD、グリーバンス・メカニズムといった国連指導原則にのっとった施策への質問には答えられなかったのだろうと推察します。ただ、もしそれに代わるような施策をガイドラインなどに基づいて実施しているのだとしたら、その旨を記した上で回答すべきだったと思います。無回答では全くやっていないと思われても仕方ないですし、少なくともこの回答を見る限り、現時点では何もやっていないとしか判断できません。

 それ以外にも、各局と比較してNHKの人権施策に関する施策や情報公開が遅れていること、そして、調査への回答姿勢からは、国民・視聴者への説明責任の意識が欠けていることがうかがえました。報道機関として自局の課題をニュースとして扱わないという姿勢も残念でした。

 ちなみに、NHKは旧ジャニーズ問題についても、在京キー6局の中で唯一、経営サイドとしての社内調査を行っていません[xviii]。2023年9月の会長定例記者会見で、NHKとして調査すべきではないか、という記者の問いかけに対しては、「この問題に関しては、NHKが番組の中で、1つ1つ取り上げて国民の皆さんに対して説明する、弁明する、検証する、そういう作業をしていきたいと思っています」と稲葉延雄会長は発言しています[xix]

 HLNの「評価と総括」には「NHKは投資家やCMスポンサーからの圧力に晒される機会がない」と記されていますが、NHKにとっては、受信料を支払っている全ての国民・視聴者が、投資家でありスポンサーと同じ存在です。“市民社会とのエンゲージメント”に最も敏感でいなければならないはずのNHKが、直接的な圧力がないことで、内部の自浄作用が働きにくくなり、自らの組織を社会に開くことを怠り、NHK独自の考え方を見直す機会もなく施策を推し進めているとの印象をNHK自身が国民に与えていたのでは、公共放送の明日はないと思います。

おわりに

 フジテレビ問題を受け、総務省は「放送事業者におけるガバナンス確保に関する検討会」を開催することを発表しました[xx]。フジテレビの一連の問題を、「放送の公共性や言論・報道機関としての社会的責任に対する自覚やガバナンスの欠如がある」と捉えた上で、そのことは「一事業者だけにとどまる課題ではなく、放送業界全体で対応していく必要がある課題である」というのが検討会の目的だとされています。

 私は、上記のような、フジテレビで起きた問題を放送業界全体の課題と直結させ、民間企業であり報道機関でもあるテレビ局のガバナンスを国の検討会で論じるということには違和感を覚えます。一方で、放送業界全体がフジテレビ問題を機に、人権施策そのものを“自己点検”することを通じて、“テレビ局として”必要なガバナンスを再点検、再構築し、社会に開いていくという取り組みは非常に有意義だと感じています。そうした意味でも、この調査結果を各局も業界も生かして欲しいと考え、私が感じたことを今回まとめてみました。

 一方、受信料で成り立つNHKのガバナンスは、まさに国の検討会で論じるテーマであり、これまでも経営委員会のあり方を中心に議論が行われてきました。今回の調査で明らかになった、人権施策や国民・視聴者への説明責任に対する姿勢という観点からも、NHKのガバナンスについても改めて議論すべきではないかと思います。

 ガバナンスの検討会の議論は6月から始まるということです。どういった議論になっていくのか、こちらもウオッチしていければと思っています。


[i] https://hrn.or.jp/news/27677/

[ii] https://hrn.or.jp/news/27677/ P3

[iii] https://bushwarbler.jp/fujitv-toukou/

[iv] 報告書のP62から引用

[v] 報告書のP72~75

[vi] https://hrn.or.jp/wpHN/wp-content/uploads/2025/05/eb9521bd0c164b20300acf56362111fb.pdf

[vii] 日テレ

https://news.ntv.co.jp/category/society/06f07de8f8224b40bd4a2b0fc266b976

フジテレビ

https://www.fnn.jp/articles/-/879527

テレビ朝日

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000428812.html

[viii] 性的なシーンの撮影を行う場合、ドラマや映画の監督と俳優の間に入って、撮影方法などに関する合意形成を行うための調整役のこと

[ix] 詳細は筆者の書いた2つの原稿を参照ください

https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20201001_6.html

https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/20211001_7.html

[x] https://kimurahana.com/

[xi] https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/

[xii] https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003-a.pdf

[xiii] https://jacer-bhr.org/application/index.html

[xiv] 報告書のP62から抜粋

[xv] https: //www.nhk.or. jp/info/pr/guideli ne/

[xvi] https: //www.nhk.or. jp/info/pr/bc guideline/

[xvii] https://www. nhk.or. jp/info/pr/jinken/

[xviii] https://www.nhk.or.jp/bunken/d/_data/research/domestic/BUNA0000010750060003/files/20250601_02.pdf P42の表3

 表3によると、NHKは『クローズアップ現代』の番組制作として民放・NHKの現役・元職員あわせて40人に取材。TBSは『報道特集』の番組制作として社員ら80人以上に取材、加えて、経営サイドとして第三者を入れた特別調査委員会で、役職員と元役職員などにアンケート、ヒアリングを実施した。日本テレビ、テレビ朝日、フジテレビ、テレビ東京についても、経営サイドとして社員、元社員などに調査を実施している

[xix] https://www.nhk.or.jp/info/pr/toptalk/assets/

 pdf/kaichou/k2309.pdf

[xx] https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu09_02000362.html