映画「摩文仁mabuni」から学んだこと

 7月12日、東京渋谷のシアター・イメージフォーラム[i]に、映画「摩文仁mabuni」[ii]を観に行った。摩文仁とは、太平洋戦争末期の1945年に沖縄戦の最大の激戦地となった、半島最南端の糸満市の地名である。

 日本軍は沖縄戦の終盤、本土上陸を遅らせることを目的に、司令部を摩文仁に移す“南部撤退”をした。その時、住民の多くは南部に逃げており、ガマという自然豪に身を潜めていた。そんな住民の命を奪ったのは、米軍だけでなく、日本軍でもあった。また当時、日本が植民地支配をしていた朝鮮半島の人たちも戦争に徴用・徴兵されており、沖縄でも多くが命を落とした。しかし、その実態は今もよくわかっていない。

 とても辛い映画体験になるだろう、と映画を観る前から覚悟していた。6月23日の沖縄慰霊の日に、NHKーBSが放送していた岡本喜八監督の「激動の昭和史 沖縄決戦」[iii]で、摩文仁でおきた悲惨な状況を見ていたからということもあった。しかしそれ以上に、この映画を観るということは、自分自身が抱える数々の罪悪感と向き合うということになる、と感じていたからである。沖縄の人たちに基地を押し付けている“本土の一人“としての罪悪感。世界で戦争が起きていることを自分事として捉えることを諦めた“平和に安住する小市民“としての罪悪感。分断や対立を埋めるのがメディアの役割だと言いながら、何一つなしえていないという“職業人としての罪悪感”。恥ずかしながら告白すると、きっと自分の生涯かけても向き合い切れない、だから避けてきたというのが、私の沖縄への距離感であった。

 NHK時代の尊敬する同期の新田義貴氏[iv]が監督をつとめ、15年にわたり沖縄に通いつめて多くの人々と向き合ってきたこと、そして、NHK文研時代に何者にも臆せず逞しい背中を見せ続けくれていた大先輩の七沢潔氏が、プロデューサーとしてタッグを組んでいたこともあり、観に行かないという選択はなかった。しかし、映画館に向かうと決めたものの、足取りは決して軽いとは言えなかった。

 見終わった後の感覚は、見る前に想像していたものとは全く異なるものだった。沖縄というだけでどこか身構えて頑なになっていた私の心はすっかりほぐされていた。そして、戦争の悲惨さに向き合うことへのおそれは、犠牲となった肉親や知人を弔う人々の姿を観ることによって、不思議と穏やかな気持ちへと変わっていった。だからといって、罪悪感が消えたわけでもなければ、沖縄への負い目や引け目がなくなったわけではない。しかし、慰霊碑に花を手向け、手を合わせる無数の人々と共に、80年前に思いをはせる時間を過ごせたことは何よりうれしかった。新田監督はパンフレットや様々なメディアへのインタビューで、「“慰霊”という見えない力が、この土地を清らかな空気に変えてきたのではないか」と考え、映画を制作することにしたと語っていた。まさに、渋谷の喧騒の中にある映画館にいながら、摩文仁に流れる清らかな空気をおすそ分けしてもらったような気がした。

 もう1つ、この映画を見て感じたことを記しておく。沖縄を巡っては、私が指摘するまでもなく、様々な分断や対立がある。まず、沖縄と本土。そして、米軍基地や米軍駐留を巡る賛否。天皇制や自衛隊への政治的な見解の相違もある。映画の中では、SNS上のコミュニティでつながった、靖国神社参拝に傾倒し、慰霊碑で軍歌を斉唱する人たちも登場する。そして、歴史をさかのぼれば、日本の朝鮮半島の人たちへの戦争責任という問題もあるし、住民の凄惨な殺りくや自決を招いた、日本軍と沖縄住民との分断もある。しかし、この映画では、それらの「断層」を強調するのではなく、その存在を冷静に見つめながらも、対立や分断の両側に架橋することへの希望を描いている。映画の主人公である、慰霊碑前で花を売る大矢初子さんは熾烈な沖縄戦を生き延びた一人だが、ガマで住民に集団自決を促した日本兵に対しても、今は、憎しみはないと語る。人は祈りによって憎しみを越えることができる。15年間の長期取材の映像からは、そんな人の強さも感じさせてもらった。

 この映画を見て、私は沖縄に向き合うことへの勇気をもらった。少しずつでもいいから、これからの自分の人生の中で、沖縄について、戦争について、考える時間を持っていきたいと思う。私のように、口には出さないが、沖縄に対してどこか苦手意識を持っている人は少なくないと思う。そうした本土の人が一人でも多く、この映画に触れる機会を持ってくれることを期待したいし、少しでもその役に立ちたいと思っている。


[i] https://www.imageforum.co.jp/theatre/

[ii] https://eurasiavision.net/mabuni/ 

[iii] https://eiga.com/movie/36224/ UーNEXTで視聴可能

[iv] https://eurasiavision.net/