有斐閣ONLINEロージャーナルの特集「メディアと法」で、座談会「デジタル社会におけるメディアの役割と法的課題」に参加しました。NHKのネット活用業務必須業務化について思うところを、職員を辞めてから初めて語りました。座談会のテーマは多岐にわたりましたが、NHKのネット活用に関する部分だけ以下にまとめておきます。
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私のほうでは、NHKに関する政策議論を振り返っておきます。
通信融合時代におけるNHKの在り方についての政策議論の開始は2015年です。きっかけは、自民党によるイギリスとドイツの訪問です。イギリスとドイツでは放送と全く同じ内容が当たり前のようにインターネット上で同時配信されており、日本でも同時配信を進めるべきであり、併せて受信料議論もやるべきだとの意見が高まりました。そして、自民党の情報通信戦略調査会「放送法の改正に関する小委員会」からそうした提言(「放送法の改正に関する小委員会 第一次提言」〔2015年9月24日〕)が出され、総務省で「放送を巡る諸課題に関する検討会」が立ち上がりました。
検討会では当初から、NHKだけではなく民放も一緒に同時配信すべき、ということをほとんどの有識者が発言していました。しかし、民放にとっては同時配信の視聴ニーズは低く、ビジネスになりません。検討会開始直前に、見逃し配信サービスのTVerを開始していました。一方、NHKは今後の世帯減少とそれに伴う受信料収入減少を想定し、NHKを視聴するインターネットユーザーからも受信料を徴収する方向を目指し、同時配信にこだわることになります。二元体制の民放とNHKが、それぞれの思惑からインターネット上で目指す道が異なってしまったというのが、議論が難しくなってしまった原点だと私は受け止めています。
放送の二元体制がインターネット上では同床異夢となってしまう中、NHKの同時配信や受信料制度の議論はなかなか進展しない状況が続きました。そういう中で、NHKがインターネット上で取り組んできたのが「理解増進情報」というサービスです。番組の広報や理解を深めるための関連情報の提供が主な内容でした。当時、NHKのインターネット活用業務は任意業務でしたので、総務大臣の認可を得て一定の上限額を決め、取り組んでいました。
この理解増進情報ですが、NHKはかなり自由に取り組んできました。記者や制作者のテキストによる個人発信や、番組やテーマに関するコミュニティー作り、地域局では視聴者とのフラットなコミュニケーションの場を深めていました。NHKはその取組みの中で、インターネットにおける“公共メディア”とは何かを、実践の中で体感しつつあったと思います。一方、デジタル展開で必死にビジネスを模索している民放や新聞から見れば、NHKのこれらの取組みは、民業圧迫になるような内容だったり、番組に関連する内容と言いながらオリジナルコンテンツに近いものもあったりするのではないか、という批判もありました。
2024年の放送法改正でNHKのインターネット業務は必須業務になりました。放送と同等の価値をインターネットで提供すること、放送受信端末を所持せずインターネットのみの視聴であっても、ユーザーの意思表示の上で受信料徴収の対象となることが決まりました。確かに、制度改正としては大きな一歩となりました。しかし、これまで実施してきた理解増進情報は廃止となり、NHKと契約を締結していない人へのサービスは大きく減少することになりました。
つまり、NHKの必須業務化とは、公共放送であるNHKが、“伝送路”として放送に加えてインターネットを活用することに道を開いたというものです。ただ、前にも述べたように、双方向のコミュニケーション空間が前提のインターネットの世界の中で、“一方向”の番組配信や情報伝達にサービスが縛られすぎてしまうと、公共メディアとは何か、という思考の歩みが止まってしまうのではないか、ということを危惧しています。
メディアの多元性と公正な競争をいかに確保するか、という観点は確かに重要です。しかし、NHKが任意業務のときに行ってきた理解増進情報の中にも、民業を圧迫せず、ビジネス化は困難でNHKにしかできない取組みは少なくなかったと私は考えています。その整理をしないまま放送法改正が行われてしまったことは非常に残念です。改正に向けた議論の中では、確かに新聞協会などから強い批判がありました。こうした批判を問題視する声もありましたが、私はその立場をとりません。NHKが自身のこれまでの取組みを整理しなかった姿勢こそが問題だったと思っています。
NHKは今後、インターネット上でどこまで積極的に公共的な役割を果たすべきなのか。果たすべきとなった場合は、もはや放送法の枠には収まらない議論になってくるでしょう。メディアの多元性と公正な競争の確保と、NHKの役割や受信料制度との関係については、議論は始まったばかりなのではないかと思っています。
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https://yuhikaku.com/articles/-/28278
社会のデジタル化により、インターネットを通じて容易に情報を発信し、受け取ることができるようになった。それにともない、ラジオやテレビ、新聞、書籍、映画などの旧来のメディアに求められる役割も変わりつつある。そこで、本特集では、日本における放送の開始から100年を契機として、メディアに求められている役割について現場の視点から議論するとともに、旧来のメディアが抱える課題と今後の展望について理論的な検討を加える。
九州大学准教授
司会 / 成原 慧
NARIHARA Satoshi
一般社団法人日本民間放送連盟専務理事
堀木 卓也
HORIKI Takuya
メディア研究者
村上 圭子
MURAKAMI Keiko
一般社団法人セーファーインターネット協会専務理事
吉田 奨
YOSHIDA Susumu
前読売新聞編集委員(現朝日新聞編集委員)
若江 雅子
WAKAE Masako
